#13 重量との戦い

「さて、問題はここからどう削るかだよ。」

 ひとまず数日間動作させてみたが、各種パラメータは全て規定値で推移し、動作目標を完璧に満たしていた。そんな訳だが、結果に反して推進系の面々は深刻な表情を浮かべている。

 この電気推進研究室は部長のトランと俺を含め6人がメンバーとして開発に参加する体制だ。その誰もが頭を抱え、冷たくなったかのように動かなくなっている。

「削るというと、やはり重量が問題なんですかね?」

「その通りだ。このままじゃデカ過ぎるし重過ぎるしで機体に載らん。」


 今回ピギーバックを行う機体には質量制限がある。深宇宙を飛び回る探査機はもう一桁二桁重いものが主流であり、この中で各系をやりくりするのは至難の業だ。過去に載せてきた部品のデータを見直したりもしたのだが、どうやら従来品ではお話にならないらしい。

 小型にすれば確かにコストは下がるが、度を越した小型化は開発を困難にしてしまう。配線のためのスペースさえもなくなり、構造そのものがパズルのように複雑になっていくのだ。こうなれば信頼性も自ずと下がってくる。


「いやぁ、流石に厳し過ぎるって。削れる箇所を洗い出そうとしてみたは良いものの、目標がこれじゃあな……。」

 先輩の一人がそう言いつつエンジンの3Dモデルを開く。チャンバーの中にある物とは少し外見が違っていて、配線が目立ち、複雑化した印象を受ける。それだけ小型化したという事だろう。


 ホールスラスタによる軌道計画は既に目処が立っている。しかし実際にそれを行うとなると推力が全く足りていなかった。

 ホールスラスタ含め電気推進という物は良好な燃費性能と引き換えに莫大な電力を消費する。具体的には50mN/kW、これは電子レンジの電力で500円硬貨1枚が浮くという計算になる。

 宇宙飛行は極めてタイムスパンが長く、多少推力が低くとも大きな問題にはならない。しかしそれでもなお、電気推進というのは推力が低すぎるのだ。


 推力を上げるには単純に電力を増やせば良い。しかしそれには太陽電池の増設が必要で、強行すれば重量増加を招き、更に推力が必要となるという循環に陥る。そもそも、重量上限がある今回はこの手法を使えない。

 ならどうすれば良いか。増やせないなら無駄を無くすしかないという、貧乏人の発想をする必要がある。


「……各所での電力余剰を考慮に入れよう。観測機器に充てる分は全て回すとして……機器保温のためのヒーターにはどれぐらい必要になる?」

「熱容量と耐用温度と、そりゃ他の系に掛け合ってみないとだなぁ。」

「とりあえず試作品のデータを使ってみよう。距離に応じた発電量の変化も考慮して、ある程度の推力見積もりを出して欲しい。」


 理論上の発生電力は220W。これは地球ラペア付近での物で、太陽アポラから受ける光量によって大きく変動する。単純に距離が近ければ増え、遠ければ減る。宇宙空間に光を妨げる物はほぼ無く、そのため太陽アポラからの距離のみが受け取る光量を左右する。太陽アポラその物の光量変化もあるが、それは活動周期17年半から見立ててやる。

 SFなんかでは高密度な小惑星帯がよく描かれるが、知っての通り外惑星系の存在だし、実際の姿は〈帯〉の体を成していない程にスカスカな物だ。それで遮られるなんてのはあり得ず、考慮から外すべきだ。


「無論、エンジンそのものの軽量化も図りたい。少しでも電力系に回せる重量を増やして、太陽電池の面積を増やし電力その物を増加させるのが最善手だろうさ。」

「電線を銅からアルミへ、ボルトをクロム・モリブデン鋼からチタンへ、とかっすね。」

 今回の試験はこうした重量との鬩ぎ合いの途中にある。小さく、比較的安価である事から幾つか試作品を作っていって、正常に動作するか、性能を保ったままどこまで減量出来るかを確かめていくのだ。

「まぁ、トライアンドエラーでやってみますかねぇ。ここからさらに重量を削る可能性を列挙したい。」

 そう言いつつ、部長はまた例のホワイトボードを引っ張ってくる。マーカーのキャップを開け、それによって気分の悪い有機溶剤の臭気が微かに漂う。


 そうしてペン先がボードに触れたその瞬間、先輩の一人がそれを取り上げ部長に待ったをかけた。

「ミール、部長のは何書いてるかわからんからお前代わってくれ。」

「あ、はい。」

 経験は皆無だというのに俺に白羽の矢が立った。求められているのは何だろうか、本職が問題点の洗い出しによくやっているというあの樹形図だろうか。


 それならば恐らく部品を書いていけば良さそうだが、イオンエンジンの内部構造がわかる程重症ではないから何を書けばいいかさっぱりだ。

「んあ?そんな酷いか?」

「マジでこの世の言語とは思えんて。」

「自覚しろー!」

「そーだそーだ!」

 部長は方々から飛んでくる野次に不満そうな顔をしつつ、俺と入れ替わるようにして自分の席に戻っていく。こう素直に引き下がるから部員の治安が悪くともクラブが崩壊には至らないのだろう。そこだけは器という物を感じる。


「ミール、あの図はわかるな?スラスタ、中和機、マイクロ波電源、直流電源、推進剤タンク、流量制御部、ジンバル、エンジン制御装置、各種計装だ。」

 部長の口から飛び出した物を上から順に書いていく。遠い昔、ロケット開発の特番でこれを観た気がするからその記憶を頼りにボードに綴っていく。先輩方はそれに頷いており、やっている事が合ってるようで安心した。


 宇宙開発、それは宇宙空間の活動だけでは語れない。機体の開発に数々の困難があるし、そもそもミッションを通すだけでも至難の技だ。

 宇宙機開発の最大の関門、重量。それは機体の航行能力を大きく左右し、目的地に辿り着けるか、着けないかがここで決まってしまう。


「おーしお前ら、存分にアイデアで殴り合え。考える分にはタダだ。出来そうってなったら発注をかけよう。」

 部長の呼びかけを合図に、3年に渡る戦いの火蓋が切って落とされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

Dust Tail 藍川統星 @r_aikawa613

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ