第20話 雨の降る二人きりの部室で

 燦燦と輝く太陽をすっかり覆い隠してしまった暗く分厚い雲は、今日も今日とてうんざりするほどに雨を地面へと打ち付ける。

 今週からついに梅雨入りとなり、一日中天気の悪い日が続いていた。

 降りしきる雨は、ある場所では恵みの雨に、またある場所では厄災の雨となり、日々ニュースを賑わせている。


 そんな中、俺たち類友部は通常運転で部活動を行っていた。

 ……いや、今日は少しいつもとは様子が違っているが。


「「…………」」


 先ほどから沈黙が続いている。

 今日は、仮織と志築が珍しく放課後に用事があるということで直帰。

 それにより、部室は俺と天上さんの二人きりという状況が出来上がっていた。


「「…………」」


 俺も天上さんも、部室に来てからは軽く挨拶をしただけで、それ以降はお互い無言を貫いている。

 別に仲が悪くなったとかそういうのではなく、ただ単にそれぞれ別のことをしているというだけのことだ。

 天上さんは読書を、俺はスマホで漫画を読んでいる。


「「…………」」


 昨日の夜、仮織と志築からLONEで部活に行けないという連絡を受け、天上さんは今日を特に何をするでもない日に決定した。

 二人だけでするようなことも特にないというのも一因としてあるが、それ以上に、最近の連続した大雨で気持ちが下がっているというのが本音だろう。


ザザザー!————


 雨音は、窓を閉じていても外から漏れ聞こえ、静かな部室に雨が窓を打ち付ける音が響く。

 俺は、その雨音をBGMにしつつ、少し心地よさすら感じながら漫画に没頭していた。


「…………ねえ、宝生くん」

「…………ん?なんだ天上さん?」

「えっと、その……部活、楽しい?」


 しかし、天上さんからの呼びかけにふと我に返る。

 視線を移すと、天上さんが少し不安そうな表情でこちらを見つめていた。


「どうしたんだ急に?」

「いや、その……なんて言うのかな。類友部が始まって暫く経つけど、未だに部活らしいこと何にもしてないな~、とか、私のわがままで放課後の貴重な時間をみんなから奪っちゃってるな~、とか、私と話すのつまんなくないかな~、とか、さっきからそんなことばっかり頭に浮かんできちゃって……」


 天上さんがこんなにしおらしくしているのは初めて見た。

 目は不安そうに揺らいでおり、自身がないことがありありと見て取れる。


「ごめんね急に!多分この大雨のせいだよ。この~私の頭の中から出ていけネガティブ思考~!!」


 さっきの発言を誤魔化すように、自分の頭をポカポカと叩く天上さん。

 

 完全に空元気だな……


 天上さんの言うとおり、おそらく連日の大雨による気分の下降がトリガーとなり、心の奥底に眠っていた不安感が沸き上がってきてしまったのだろう。

 天上さんは、珍しく下手くそな作り笑いを顔に浮かべていた。


「部活、か……」

「う、うん……」

「ん~、そうだな~……」

「…………」


 まるで、有罪判決を言い渡される被告のような表情を浮かべる天上さん。

 

「…………メッチャ楽しい☆」


 そんな天上さんに、俺は大げさな笑顔とともにサムズアップをしながらそう答えた。


「…………え?」

「メッチャ楽しい☆」

「いや、それは聞こえてるけど……って、なにその胡散臭い笑顔」

「メッチャ楽しい☆」

「ふふっ!それはもういいって……っ!」


 ——よし、笑ってくれたな。

 

 天上さんは、ようやくいつもの笑顔で笑ってくれた。


「少なくとも、俺は本当にそう思ってる。個人的に、何か目標があってそれに向かって毎日一致団結!——みたいなノリはしんどいし、活動内容は今くらいがちょうどいい」

「そ、そう?」

「ああ。それに、なんて言ってたが、俺の放課後に貴重な時間なんて元々なかったから全然問題なしだ」


 どうせすぐ家に帰っても、YourTubeかアニメか漫画かって感じだし、そんなの夜でもできるからな。

 この夕方の時間拘束されるのは、現状全く問題がないのだ。


「そう、なんだ……」


 天上さんの表情が、少しずつ明るくなっていく。

 

「そうそう!あの二人のことはわからないけど、二人とも結構自分の意見はハッキリ言うタイプだろ?そんな二人が何も言わずに毎日部室に来てるんだから、二人も類友部は気に入ってるんだと思うぞ?」

「確かに、あの二人なら面と向かってハッキリ『楽しくない』って言いそうだね」


 天上さんは、そう言いながらクスッと笑う。

 よかった、いつもの天上さんだ。

 

「だからさ、そんなに不安がらなくてもいいと思う。もし不満が出てきたら、その時は一人で抱え込まずにみんなで話し合えばいいだろ?俺たちなんだし」

「……そうだね。本当にそうだよ。……ありがとう、宝生くん」


 よし、なんとか天上さんの不安を解消できたようだ。

 シュンとしている天上さんはらしくない。

 やはり、元気で押しが強く、俺たちを無理やりどこかに引っ張って行ってくれるような、そんな天上さんの方が安心する。


「——それに、天上さんと喋るの、俺は好きだしな」

「なっ!?」


 そうだ、ここもフォローを入れなければ。

 はじめに天上さんがこぼした不安の中に、『私と話しててつまらなくないか』というものがあったことを思い出し、話を続ける。


「まず、天上さんは話しやすい。なんて言うんだろう、教室での雰囲気とは真逆というか、本当はメチャクチャ人当たりの良い性格なんだな~って言うのが肌感でわかるっていうか。しかも、声をかけたらいつも笑顔で返してくれるだろ?あれもこっちからしたら超ありがたいんだよ。この前志築とも話してたんだが、やっぱコミュ障気味な俺らにとっては、話しかけたときの相手の反応って結構気になっちゃうものなんだが、天上さんは本当にニコニコ接してくれるから安心して話しかけられるんだよ。それに、リアクションもいい。こっちの言ったこととかに毎回オーバーにリアクション取ってくれるのも話し手としては結構うれしいし、天上さんから出てくる話題も突拍子のないこととかがあって面白い。あと——」

「も、もういいから!じゅ、十分です……!!」


 天上さんのためにと、普段思っていることを素直に伝えてみたのだが、どうやらお気に召さなかったらしい。

 どういう感情なのかはわからないが、顔を真っ赤にしながらこちらを見つめている。


「まあ、だから——俺は天上さんと喋るの好きだから、安心してくれ」

「っ!!!————」


 なんだろう、今なら何でも素直に言える気がしてきた。


「——あの日、天上さんと知り合えてよかった」

「…………」


 静寂。

 天上さんは、驚いたような表情でこちらを見たかと思えば、そのまま下を向いたまま固まってしまった。


 ミスったか……?


 しかし、これは紛れもない本音。

 あの日、天上さんと本屋で出会わなければ、俺は今でも変わらず味気ない日々を過ごしていただろう。

 しかし、あの日出会ったおかげで、天上さんに振り回されてこうして今こんな数奇な体験を味わえている。

 そのことへの感謝だけは、どうしても伝えておきたかった。


「な、なんかごめん!急に変なこと言っちゃって……!!」

「………………バカ」

「え?なんて言った?」

「何でもない!!」


 沈黙に耐え切れずに謝ったところ、何かを小声で言われたため聞き返したのだが、なぜか怒られてしまった。

 

 なんか不味いことしちゃったか……?


「はぁ……なんか疲れちゃった。……でも、ありがとう宝生くん。気を遣わせちゃったね」

「いや、気なんて全然遣ってないから!本当に全っ然!」


 色々と気を回しすぎてしまったことが今更恥ずかしくなり、慌てて否定する。


「ふふっ、じゃあそう言うことにしてあげる」


 そう言うと、天上さんは荷物をまとめて立ち上がった。


「どうしたんだ?」

「今日はもう帰る。一旦色々とリセットしたいから」

「そ、そうか、わかった」


 突然の帰宅宣言に、俺はただ見守ることしかできない。

 そうしているうちに、天上さんはそのまま部室の扉に手をかけた。


「今日は本当にありがとう!慰めてもらっちゃった。あと——」


 そして、扉を開ける直前、こちらに振り返って、


「————私も好きだよ、宝生くん」


 そう言い残し、天上さんは部室を後にした。

 その時、天上さんがどんな感情だったのか、俺にはわからなかった。


 ただ、いつもの表情とは違うような、思わずドキッとしてしまうような、そんな表情だった。


 さっきまであんなに降っていた雨はいつの間にか止み、雲間からは明るい日差しが部室に差し込んでいた。




 

 

 







 


 

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このままだと、俺の高校生活で初めてできる友達が『ぼっち美少女』になるかもしれない ぶぶし @bubushiro

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