第16話 NGワードゲーム②
「じゃあ……そろそろ本番始めよっか」
初戦から暫く経って、漸く立ち直った天上さんがそう告げる。
練習を終えて、三人の目が真剣なものへと変わった。
俺も少し気合を入れないとな……
気合を入れなおし、スマホをおでこに掲げる。
NGワードは、天上さんが『甘い』、仮織が『最近』、志築が『遠い』、か
どれも比較的よく使う単語だ。
前回同様、上手く誘導できれば言わせることは可能だろう。
ならば、今回もこっちから先制攻撃を——
「辛燐ちゃん、おっぱい大きいよね〜」
「ブフッ!?」
な、なんだ急に!?
「い、いきなり何よ……でもまぁそうね、人よりはある方なんじゃない?」
「そうだよね〜同級生の中では一番だよね?」
「そうなのかしら。別に大きくても何も良いことなんてないんだけど」
いきなり何の話をしてるんだ!?
仮織も、なんでそんなに嫌そうにしないで話を続けてるんだ!?
突如始まったおっぱい談義に、俺は面食らってしまう。
「そういうアンタも、十分大きい方じゃない」
「それはそうだけど、辛燐ちゃんのを見ちゃうとね〜」
そう言いながら、少し不満げに腕を組んで自分の胸を持ち上げる天上さん。
なんだこれ!?
これも何かの作戦なのか!?
どちらにせよ、話題が話題なので自分から口を挟むことはできず、ただただ黙っていることしかできないし、視線のやり場にも困ってしまう。
早く終わってくれ……!!
「お、大きいのって、た、大変、なの……?」
——志築まで参戦した!?
「大変に決まってるじゃない!重くて肩は凝るし、下が見辛くて階段とか結構怖いし、スポーツも初めからハンデ背負ってるようなもんだしで悪いこと尽くめよ!」
そ、そうなのか、やっぱり色々大変なんだな……
「あ~あ、アタシもアンタくらいのサイズならよかったんだけど」
「な”っ!?わ、わたしだって、ちゃんと、ある、から……!!」
「わかってるわよ。ただ、アンタくらい小さいほうが楽なのにって話よ」
仮織は、ワザとか無意識かはわからないが志築を煽る。
こうして話している間も、仮織の胸はテーブルにずっしりと乗っかっており、志築が恨めしそうにそれを睨めつけている。
「——でも、宝生くんは大きい方が好きだよね?」
ビクンと身体が跳ねる。
「さあ……どうなのかしら?」
「ど、どうなんだ……宝生」
……最悪なパスがまわって来た。
「……そ、そんなのどうでもいいだろ!?ていうか、いつまでこんな話続け——」
「御託はいいからちゃんと答えなさいよ」
さっきから何なんだこの空気は!?
今ってNGワードゲーム中だよな!?
「そ、そんなの、こ、答えられるわけ——」
「じゃあ、実際に見て判断してもらおっか!」
…………へ?
そう言うと、天上さんは制服のジャケットを脱ぎ、ワイシャツ一枚になった。
他の二人も、天上さんに続くようにジャケットを脱ぐ。
「お、おいおい!お前ら何してんだ!?」
「なにって、ただジャケットを脱いだだけじゃない。」
「宝生、さっきからなんか、変……」
変なのはお前らだろ!!
そう心の中で叫びながら、そぉっと三人を見る。
現在の三人はワイシャツ一枚。
そんなのは夏前や秋口には毎日見る姿であり、ある意味見慣れたものだ。
しかし、天上さんの『実際に見て』という言葉のせいで、嫌でも胸に意識が割かれ、どうしようもない羞恥心に苛まれてしまい、すぐにまた顔を背けた。
「宝生くん、顔を背けてたらおっぱい見れないよ?」
「ワイシャツ越しの胸なんて見慣れてるでしょうに」
見慣れるわけないだろ!!
必死に顔を背けながら抵抗する。
俺だって一介の男だ。
胸を見たくないかと言われれば、そんなの見たいに決まってる。
だが、俺の理性がさっきから脳内でけたたましく警鐘を鳴らしているのだ。
何かがおかしい。見たらまずい、と。
「……しょうがないなぁ宝生くんは」
————プチッ、プチッ…………
「んっ♡ふぅ♡……」
!??!?!?!!?!?
目を背け続けていると、何かが外れる音と、やけに艶めかしい吐息が聞こえてきた。
まさか、と恐るおそる視線を前に向けると、天上さんがワイシャツのボタンを上から一つずつ外している姿が目に入った。
「なっ、なにやってんだ!?」
「え?なにって、ワイシャツを脱ごうとしてるんだけど」
「なんでだよ!?なにがお前らにそこまでさせてるんだ!?」
「だって、宝生くん全然見てくれないんだもん。もしかしたら、ワイシャツ越しじゃわかりにくいのかなって思って」
「そんなわけないだろ!?早くしまいなさい!!」
天上さんと言い合っている間に、なんと仮織と志築も脱ぎ始めた。
留められていたボタンが外されていき、下着や谷間が見えそうになる。
なんだこいつら!?あれか!?もしかして全員痴女なのか!?
「宝生くん……」
「宝生……」
「ほーじょー……」
やけに色っぽく俺の名前を呼びながらこっちに近づいてくる三人。
見ちゃダメだ見ちゃダメだ見ちゃダメだ見ちゃダメだでもあっちから見せようとしてるんだから見ていいのでは見ていいのではいや見ちゃダメだ見ちゃダメだ見ていいのでは見ていいのでは見ちゃダメだ————
この異常な空気に呑まれ、思考がバグって来た。
あーヤバい。なんかボーっとしてきた……
「…………だ、ダメだよみんな。こんなこともうやめろ……!」
しかし、理性と本能がせめぎ合った末に出した結論は、それでも見ないだった。
「「「…………」」」
三人は、俺の言葉を聞いて押し黙る。
よかった、俺の言葉が届いたんだな……
「……よしっ!宝生くん、アウトー!!」
「…………え?」
アウト?なにがだ?
突然の宣告に、頭が追い付かない。
「やっと言ったわね……ギリギリだったわ」
「は、恥ずかしい……もう、限界……」
「宝生!アンタこっち見るんじゃないわよ!!」
さっきまでの雰囲気がウソのように霧散し、いつもの三人に戻った。
みんないそいそとワイシャツのボタンを閉めなおし、ジャケットを羽織る。
「な、なあ、なにがアウトなんだ……?」
「はぁ……アンタ、今何やってるか忘れたの?これを見なさい」
仮織は呆れたといった表情で俺のスマホを手に取ると、画面を俺に突き付けた。
「……『やめろ』……って、ま、まさか!?」
「そう、アタシたちはアンタにこれを言わせるために一芝居打ったってわけ。気分はどうかしら、敗北者さん?」
「なん……だと……?」
すべては俺一人を陥れるための罠だった。
途中までは意識していたはずだ。
だが、途中からは胸に頭の中を支配されてしまい、すっかり忘れてしまっていた……
「これでリベンジ成功!宝生くん、今どんな気持ち?どんな気持ちかな?」
「ほ、宝生、ざまぁ……!」
三者三様に煽って来るが、俺に反応する気力は残っていなかった。
あの状況から解放されたという安堵からか疲れがドッと押し寄せ、そのままソファに倒れこむようにして意識を手放した。
————ん?俺、何してたっけ……
暫くして意識が覚醒し、寝ぼけた頭を叩き起こしながら目を開ける。
「……だ、大丈夫か?……宝生」
すると、視界いっぱいに志築の顔が広がった。
あー、こいつ本当に可愛いな…………
「…………ん?」
まて、なんだこの状況?
目を開けたら、こちらを上から覗き込む志築の顔。
しかも、後頭部には柔らかさと固さが共存した心地良い感触がある。
これは、もしかして——
「膝枕、してくれたのか……?」
「う、うん……そ、そのまま寝かしておくのも、ど、どうかと思って……」
話を聞くと、どうやら俺が倒れたあともゲームは続き、志築が脱落して現在は残り二人で一騎打ちの状況らしい。
やることがなくなった志築は、さっきのお詫びも兼ねて、寝ている俺に膝枕をしてくれていたようだ。
「そういうことだったのか。ありがとな、志築」
「ううん!ぜ、全然……!」
志築は、なんだか恥ずかしそうにしている。
まぁ、膝枕なんてそうそう他人にすることじゃないからな。
恥ずかしいのも当然だ。
「俺、どのくらい倒れてた?」
「だ、大体20分、くらい……」
「じゃあ、もう起きるよ。ずっと膝枕してて足痛いだろ?」
「あ、ありがと……じ、実は、もう限界……」
どうやら本当に無理をさせてしまっていたようだ。
これは、暫く帰宅後のLONEでの会話は積極的にしてやるか……
「宝生くん!大丈夫!?」
「びっくりしたわよアンタ!いきなりぶっ倒れるんだから!!」
戦いに興じていた二人も、俺の起床に気づいたようで心配そうに話しかけてくれる。
どうやら、みんなに心配をかけてしまったらしい。
「みんな悪かったな……」
「本当だよ~!……もしかして、私たちのあまりのセクシーさに興奮し過ぎちゃった?」
「そ、そんなんじゃねーし!?」
「宝生、アンタって結構可愛いとこあるのね」
「だから違うって!!」
俺が元気だとわかるや否や、すぐにイジリへと移行する二人。
そんな二人の顔にも、どこか安堵の表情が見えた。
その後は、二人の熾烈な戦いを志築とともに見守った。
といっても、途中からは決着がつかなさ過ぎて飽きてしまったため、二人で今期のアニメの話で盛り上がっていたのだが。
最終的には、何度かNGワードを変更して仕切り直した末に、仮織が天上さんを下し勝利を収めた。
この戦いで、二人の仲は以前よりも深まったとか深まっていないとか————
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