第11話 部活の名前とまた来週

 志築さんが正気を取り戻した後、俺たちはこれからのことについて話し合っていた。

 部員は規定の人数が無事集まったので、次は部活の申請ということになる。


「部活の申請はどうやるんだ?」


「申請書を出すんだよ。とりあえず、みんなこの紙に名前を書いてくれる?」


 そう言うと、天上さんはバッグから『部活動設立申請書』と書かれた紙を取り出した。


 部員の氏名を記載する欄に、俺と仮織は素直に名前を書いたが、志築さんは何を躊躇っているのか、中々名前を書こうとしない。


「どうしたんだ志築さん?」


「そうよ、さっさと書きなさい」


 そう言うと、志築さんは、不安そうな顔で俺たちの顔を見回した。


「で、でも……本当に、わ、わたしなんかが入っていいの、かな……?と、というかそもそも、な、なんでこの二人がこんな部活に……?」


 そう言って、志築さんは天上さんと仮織を指さす。

 どうやら志築さんは、知名度も人気も学年でトップクラスの二人が、友達作りをするための部活を立ち上げようとしていることに違和感を感じているようだ。


「心配するな志築さん。こう見えて、この二人も俺たちと同じく立派なぼっちだ。理由は二人に直接聞いてやってくれ」


「アタシは別にぼっちじゃないから!」


 志築さんを安心させるため、この二人もぼっちであることを伝えた。


「そ、そうなんだ……で、でも、これで納得した。なんで宝生がこの二人と一緒にいるのか」


「……どういう意味だ?」


 どこか引っかかる物言いをする志築さん。

 すると、彼女は小馬鹿にしたような表情をこっちに向けてきた。


「だ、だって、宝生は明らかに陰キャ……!なのに、こんな二人と一緒にいられるなんて、お、おかしいと思ってた……!!」


「はい俺のことバカにしたー!!」


 突然、なんの遠慮もなくバカにされた。

 志築さん——いや、コイツも俺のこと呼び捨てにしてるしもう志築でいいだろ。

 志築は、グフグフとちょっと汚い笑い声をあげながら、ニタニタとした笑顔で俺を見上げる。


「だ、だって宝生、あのポエム知ってた……!あれ知ってるのは、中二病だけ……!中二病はみんな陰キャでぼっち……わたしと同類、だな」


 今すぐ全国の中二病の皆様に謝りなさい!

 

「勝手に同類扱いするな!俺はお前と違って、高校生になっても中二病が治らないようなイタいヤツじゃあないんでな!」


「な"っ!?も、もう治ったし!?宝生こそ、そんなこと言って、今でも授業中にこっそりノートに自作の造語を書いてるんだ……!!」


「「ぐぬぬぬぬ……」」


 志築は、どうやら俺を同類だと見抜いたようだ。

 事実、俺も元中二病だし現陰キャだ。

 だが、少なくともコイツよりは上だという自信がある。

 

「……二人とも仲いいね」


「似たもの同士ってやつ?……あと、アンタたちそのままキスでもするつもり?」


 互いに譲らずに睨み合っていると、蚊帳の外になっていた二人から生暖かい目で見られてしまった。


 仮織の言葉にふと我に帰ると、気づけば志築の顔が目と鼻の先にあった。

 互いにヒートアップしてしまい、顔を近づけ過ぎてしまっていたようだ。

 

「悪い志築!ちょっと熱くなりすぎた……」


「わ、わたしも、ご、ごめん……」


 仮織に変なことを言われたせいで恥ずかしさが一気に湧き上がり、さっきまで間近で直視していたとは思えないほど、互いに目を逸らしながら誤り合った。



「はい!それじゃあ話を元に戻すよ!」


 俺たちの謝罪を見守った天上さんは、パチンと手を叩いて話を戻す。


「つまり、私も辛燐ちゃんもぼっちだから、静莉ちゃんは何も遠慮しなくて大丈夫ってこと!ね?辛燐ちゃん?」


 そう言いながら、天上さんは仮織に背後から抱きつく。


「ちょ、ちょっと離れなさいよ……ッ!!まあ、部活の中で変に気を使われるのはゴメンだし、アタシもアンタに気なんて使うつもりサラサラないから、アンタも普通にしてなさい」


「あ、ありがとう……ございます……」


「敬語も要らないわ」


「わ、わかった!」

 

 仮織に勢いよく返事をする志築。


 しかし、仮織は一見冷たいようにも思える言動を取りがちだが、その実相手を思いやる面倒見の良さが随所で散見される。

 今のも、志築が変な罪悪感を抱かないよう、先に自分も気を使う気はないと宣言したのだろう。


「……お前いいやつだな」


「なっ!?なによ急に!?」


 おっと、思わず口に出してしまっていたようだ。


「そうそう、辛燐ちゃんは優しいんだよ〜」


「あ、アンタまで……ッ!?」


 どうやら、天上さんも同じことを思っていたようだ。


「も、もういいでしょ!?それで、これで全員名前書き終わったけど、あとは何かあるわけ?」


「恥ずかしがってて可愛いな〜♡あとは、部活の名前が決まれば職員室に提出して完了かな〜」


 照れているのを誤魔化すように、仮織が残りのタスクを確認する。

 どうやら、残りは部活名だけのようだ。


「でも大丈夫!部活の名前はもう決めてるから!」


「え……そうなのか?」


「ヘンな名前じゃないでしょうね……」


「もしかして、『よい』とか……ッ!!」


 一人だけ様子がおかしいが、仮織と俺は考えていることは同じのようだ。


「ふふん!聞いて驚け〜!友達が欲しいぼっちたちが集まった部活!その名前は——」


 ごくり——


 期待と不安、三者三様な面持ちで天上さんを見つめる。


「——じゃじゃんっ!『類友るいゆう部』!!」


 そう言って、ノートを開いて俺たちに見せつける。

 そこには、デカデカと『類友部』と書かれていた。


「「「おぉー……」」」


「……何か言いたいことがあるならハッキリ言ったらどうかな?」


 天上さんは、思っていた反応が貰えなかったからか、拗ねたように口を尖らせながら不満を漏らす。


「いや、なんて言うか、思ったよりもまともだったからびっくりしたって言うか……」


「もっと変な名前で来ると思ってたわ」


「ふ、普通……」


「ヒドッ!?」


 反応はそれぞれだが、三人全員が『意外』だと思ったようだ。


「でも、いいんじゃないか?」


「アタシも文句はないわ」


「わ、わたしも大丈夫……!」


「ほ、本当!?じゃ決まりね!!」


 『類友部』という名前には誰も文句がなかったので、そのまま正式採用となった。


「それじゃあ、あとは職員室にこの用紙を提出するだけね。これは、私がやってきます。自慢じゃないけど、先生からの評価には自信があるの!」


「じゃあ、アタシも付き添うわ。天上とアタシが一緒に行けば、断られることなんてないでしょ。それに、アンタだけじゃ不安だし?」


 一人で職員室に行くという天上さんに、仮織が同行を申し出る。

 天上さんには申し訳ないが、確かに仮織もいた方が変なことにはならないだろう。


「わかった。それじゃあ後は任せる」


「よ、よろしく」


「じゃあ、来週から部活スタートだから!みんなまた来週〜!!」


 こうして、この日は解散となり、俺と志築はひと足先に帰路に着いた。






「——ふぅ、今週は疲れたな……」


 寝る準備をしながら、俺は今週の出来事を振り返っていた。

 

 学校一の美少女と噂される天上さんとの衝撃的な出会いから始まり、仮織や志築の勧誘など、とにかくの激動の一週間だった。

 高校生活で一番喋った気がするな。土日はしっかり喉を休めよう。


 なんて考えていると、部屋の扉がガチャリと開き、妹の友果ゆうかが中に入って来た。


「兄さん、今週ずっと帰ってくるの遅かった・・・・・・なんで?」


 なにやらお怒りのようで、冷ややかな視線を浴びせてくる。


「な、なんでって、そりゃ俺にも、たまには忙しい週くらいあるだろ?」


「ない。少なくとも、引っ越してきてから兄さんの帰宅時刻が午後五時半を超えることなんて一度もなかった」


「そ、そうだっけ?」


「なのに、今週はずっと帰宅時間が午後五時半以降だった……なにがあったの?」


「え、えぇ~っと……」


 友果は、昔からなぜか俺よりも俺のことに詳しい。

 別に、やましいことをしていたわけではないが、『ぼっち同士が集まって、友達を作ることを目的とした部活を作ることになった』、なんて兄として恥ずかしくて言えるわけがない。


「……うぉ!?」


 そう思い、どう回答したものかと考えあぐねていると、友果はいつの間にか目の前に接近しており、俺はベッドに倒された。

 友果は、仰向けに倒れた俺を跨いで馬乗りの体勢になり、俺の顔の両横に手をついて顔を近づけてくる。


「答えて?答えて?こたえて?コタエテ?……」


 鼻と鼻が当たりそうな距離で、そう繰り返す友果。


 せめてまばたきはしてくれないか?

 ずっと瞳孔ガン開きで見つめられてて、お兄ちゃん年甲斐もなくチビっちゃいそうだよ。


「……じ、実は、新設される部活に入ることになった、から、その打ち合わせとかで、お、遅くなってた……」


 こうなると、友果はもう止められない。

 俺は、なにをする部活かの明言は避けつつ白状した。


「…………そう、なんだ」


 友果の目に光が戻る。


「だから、来週からも帰りは遅くなる。教えてなくてごめんな」


「……ううん、それなら問題ないよ。これからはそのつもりでスケジュールを管理すればいいだけだし」


 前から気になってはいるのだが、なぜ友果は俺のスケジュールを管理しているのだろう?

 兄を使って超ロングスパンの自由研究でもしてるのか?


 しかし、これでようやく友果も落ち着いてくれるだろう。

 そう安心していると、今度は俺の首元の匂いを嗅ぎ始めた。


「スンスン……知らない女の匂いがする…………ナンデ?」


 ああ、まだ寝ることはできないようだ——

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る