幕間その1 部活が始まるその前に
〜side志築静莉〜
「つ、疲れた……」
あの後、静莉は直帰した。
放課後に巻き起こった怒涛の展開に疲れてしまったのか、自室に入ると疲労感が一気に押し寄せてくる。
「部活……」
思い返すのは今日の出来事。
授業が終わり、いつも通り自分の席でボーッと時間を潰してから帰宅しようとしていたら、それは起こった。
見慣れない男子の登場、開かない教室の扉、自分とは住む世界が違うと思っていた二人の女子との邂逅。
頭の整理が追いつかないまま、気づけば『類友部』なる部活に入部することになっていた。
「……中二病だったこと、バレちゃった……」
誰にもバレていなかった秘密。
去年までの自分を思い返すと、今でも顔から火が出そうになるほど恥ずかしくなる。
漫画に登場するキャラに憧れて、誰ともつるまない、孤高な自分に酔っていた。
「これからどうなるんだろう……」
来週のことを考えると、心がソワソワしてくる。
部活なんて初めて入るし、その活動内容もよくわからないとくる。
それに、メンバーも不安の種だ。
学校一の美少女、天上甘那と、みんなから愛される人気者、仮織辛燐。
どうやら、二人とも普段の姿は仮初のもののようだったが、それでも今の今まで自分とは一生縁のない人間だと思っていた二人と一緒に活動を共にするのは気が引ける。
しかし、仮織辛燐には『気を使わなくていい』と言ってもらったため、なるべく自然体でいるべきだと結論付け、思考をもう一人のメンバーへと移す。
「宝生がいるのは、ラッキーだった……」
宝生友斗。
唯一の男子だが、おそらく、いや確実にこっち側の人間だ。
同類がいると思うと、随分と気持ちが楽になる。
「宝生、この漫画とかも読んでたかな?」
本棚に並んだ漫画を手に取りながら、静莉は思いを馳せる。
もしかしたら、共通の話題も多いかもしれない。
自分の趣味を人と共有するなんて今までしたことがないため、想像すると自然と笑みがこぼれた。
「静莉ただいま~……って、なんか嬉しそうだね?」
「え!?お、お姉ちゃんお帰り……」
静莉は、姉の
「なんか学校でいいことあった?」
静音は、優しい表情で静莉にそう問いかける。
静莉は、少しの沈黙の後、微笑みながら答えた。
「……うん!実は————」
~side仮織辛燐~
『部活動設立申請書』の提出は予想以上にすんなりと終わり、部活の設立が認められた。
来週からは、『類友部』としての活動がスタートとなる。
「変なことに巻き込まれちゃったわね……」
辛燐は、湯船に浸かりながらひとりごちる。
八方美人の仮面を外したところを目撃され、後ろ指をさされるのかと思いきや、予想外の部活への勧誘。
気づけば、意味の分からない部活に入部することになってしまっていた。
「……でも、自分から入るって言っちゃったのよね……」
そう、色々あったが、最終的には自分から入部を申し出た。
入部を決めた理由は特にない。
アイツらといると退屈しなさそうだと直感的に感じた、ただそれだけだ。
「ホントにそれだけなんだから……」
別に、あの二人だけでは碌なことにならなさそうだと直感的に感じたとか、ぼっち仲間ができて内心嬉しかったとか、そんなことは断じてないのだ。
「それにしても、あの天上甘那があんなヤツだったなんて未だに信じられないわ……」
辛燐にとって最も衝撃的だったのは、天上甘那の本性だ。
去年から噂は嫌でも耳に入って来たし、実物を自分の目で見たことも何度かある。
いつも無口で、自分以外との間に氷の壁を張ってるかのような雰囲気を漂わせていた彼女が、まさかあんなに元気な性格だったとは。
人は見かけによらないなと思いつつ、これから彼女に度々振り回されるのだろうと溜息をつくが、その顔は満更でもなさそうだった。
「志築静莉も災難ね。変に委縮しないでくれたらいいんだけど……」
次に頭をよぎるのは、今日加入した志築静莉のこと。
彼女は、明らかに自分と天上甘那に委縮していた。
仕方がないことだとは思うのだが、これから少なくない時間を共に過ごすことになるため、少しでも自然体でいてくれた方がこっちも楽というものだ。
「……で、宝生友斗……」
そして、最後は唯一の男子メンバーである宝生友斗のこと。
特にこれといった特徴のない普通の男子で、どうやら天上甘那に巻き込まれたらしい。
巻き込まれた経緯は聞きそびれたが。
『あっちが素の性格じゃなくてよかったよ。こっちの仮織は話しやすくて助かる——』
「……バカじゃないの。そんなわけないのに」
辛燐は、宝生友斗に言われた言葉を思い返す。
そう、そんなわけないのだ。
そんはことがあるはずがない。
「あぁ~もう!イライラする~!!」
自分の感情に苛立ちを覚える。
自分は今、どんな感情なのだろうか。
「お姉ちゃ~ん!まだお風呂上がらないの~?」
辛燐は、妹の声でふと我に返る。
どうやら、長風呂してしまったらしい。
「はいはい、すぐ出るからもうちょっと待っててね~!」
考えても答えの出ないことは考えない。
辛燐は、無理やり思考を切るかのように湯船から飛び出した。
~side天上甘那~
「ふんふんふ~ん♪」
「あら甘那、今日は一段と上機嫌ね」
「わかる?そうなんだよ~!」
食卓を囲みながら、甘那は上機嫌にお母さんに返事をした。
「というか、今週はずっとテンション高かったよな?」
「確かに!『お弁当作らなきゃ!』とか言って、茶色いおかずばっかり作ったりしてたわよね」
甘那の父と母は、彼女の様子が普段と違っていたことに気づいていたようだ。
「やっぱりバレてたよね~……実は、今日はお父さんとお母さんに報告があります」
甘那は、真剣な面持ちで二人を見つめる。
二人がゴクリと喉を鳴らして見守る中、目を
「……実は、来週から部活を始めることになりました!!」
「な、なに~ッ!?」
「ほ、本当なの!?」
二人とも、信じられないといった表情で甘那を見つめる。
甘那は鼻高々といった表情で、話を続ける。
「しかも、既存の部活じゃなくて、新設するの!」
「新しくだって!?」
「な、なにをする部活なの?」
「そ、それは~その……み、みんなで色々なことにチャレンジする部活だよ!」
部活の内容を聞かれた甘那は、『友達作り』のための部活だとは言えず、適当に誤魔化した。
「なんだかよくわからないけど、とにかく他の生徒と一緒に何かするってことだな!?」
「ついに甘那に友達ができるかもしれないわ!もう、早く言ってくれれば今日お赤飯にしたのに!!」
「もう、お母さん大げさだよ~!」
昔から、娘に友達がいないことを知っていた二人は、手を取り合って喜んでいる。
それを見て甘那は、恥ずかしいような、照れくさいような、そんな気分になった。
「ごめんね~甘那、お母さんが綺麗すぎて」
「本当だよお母さん、苦労してるんだから!」
「甘那、部員の子たちのことは大切にするんだぞ」
ツッコみ不在の母子漫才を繰り広げていると、父が真剣な表情でそう言った。
「……うん、わかってるよお父さん!」
こうして、天上家の夕飯は大いに盛り上がった。
夕食後、自室に戻った甘那は、スマホに表示した写真を見つめていた。
「先週までは、こんなことになるなんて思っても見なかったな〜」
そう、もう自分は誰とも話さないまま高校生活を終えてしまうんじゃないかと思っていた。
『彼』に秘密がバレるまでは。
「私の高校生活、変なことになっちゃった。君のせいだからね、宝生くん?」
スマホに映った彼の写真を優しく見つめながら、甘那はそう呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます