第7話 ぼっちなのか?仮織辛燐編

「——とは言ったものの、どうやって仮織さんを誘うんだ?」


 翌日、俺と天上さんは、昨日と同じ場所で弁当を食べながら、部活勧誘に関する話の続きをしていた。


 因みに、俺は一緒に弁当を食べるのは昨日だけの話だと思っていたので、今日は普通に自分の席で弁当を食べようとしていた。

 だが、天上さんが不満げな顔でこっちを睨み、さらには何かを思いついたかのように、ニヤニヤしながら俺の席にゆっくりと接近してきたため、危険を感じて慌てて外に飛び出したのだ。


「というか、昨日も思ってたんだが、部活に入部してくれたやつには素の性格は出すんだよな?」


「当然!そもそも、今の立ち振る舞いも、会話しないから保ててるって感じだし」


 確かに、口を開けば開くほどボロが出そうだ。

 素の性格は、なんというかちょっとアホっぽいからな。


「……宝生くん?今なんか失礼なこと考えてなかった?」


「い、いや!?そんなこと考えるわけないだろ!?」


 なんでわかった!?

 先生!思考盗聴されてます!!

 

「ほんとかなぁ……?まあいいや!それで、仮織さんの誘い方だけど、お昼休みの残りの時間と午後からの休み時間を使って普段の様子をチェック。それから、放課後に本人に直接アタックするって感じかな」


「結構ド直球だな……」


「遠回しにグズグズしててもしょうがないからね!仮織さんが私たちと同じ気持ちを持っていれば、絶対入部してくれるはず!!」


 天上さんは相当自信があるようだ。

 

「じゃあ、とりあえず残りの時間で一回仮織さんの様子を見に行こっか!」


「お、おう」


 こうして、一先ず仮織さんの様子を見てみることになった。






「仮織さんは、と……あっ!いたいた!」


 俺たちは、仮織さんのいる教室の前まで到着し、現在は廊下側の窓から顔だけ出して教室の中を覗いている。


 あまり休み時間に自分の教室から出ない天上さんがいることもあって、周囲はかなりザワザワしてしまっている。


「教室の中を覗いてるのって、あの天上さん!?」


「何やってるんだろう……。もしかして、このクラスに気になってる男子がいるとかかな!?」


「つーか、横で一緒に覗いてる男子は誰なんだ」


 変な噂になってしまわないかと危惧してしまうが、天上さんが言っていた台詞を思い返し、雑念を振り払う。

 彼女が問題ないって言うなら、俺ももう気にしないって決めただろ。

 気合を入れなおしたところで、俺も教室の中をまじまじと見渡した。


 すると、天上さんの言うとおり、そこには仮織さんがいた。

 

 現在は、クラスの男女数人と談笑中のようで、ときどき笑い声が聞こえてくる。

 仮織さんは、現在会話の中心になっているようで、コロコロと表情を変えながらみんなと楽しそうに会話している。 


 しかし、仮織さんを見るのはこれが初めてだが、なるほど、確かに男どもがああ言うのも頷ける。


 見た目は、どちらかというと可愛い系で、美人という印象の強い天上さんとは真逆の印象を受ける。

 笑った顔も人懐っこそうで、みんなに愛されるタイプの女子なのだろう。

 しかし、『妹系』って言われていたが、世の中の妹に対するイメージはこんな感じなのだろうか。

 自分の妹が落ち着いていてしっかりしているせいか、あまりピンとこない。

 

「……いでッ!?」


 あれこれと考えながら仮織さんを見ていると、不意に脇腹に痛みが走る。

 隣を見ると、天上さんがちょっと不機嫌そうな顔でこっちを見ていた。


「宝生くん、ジロジロ見すぎ」


「見すぎって……見るために来たんだろ?」


「それはそうだけど……宝生くんは、ああいう子がタイプなの?」


 いきなり何を言い出すんだ。


「い、今は、タイプとかそういう話じゃないだろ?というか、見た感じ仮織さんがぼっちだとはとても思えないんだが……」


 なぜか尋問される空気になりかけていたため、俺は慌てて話を逸らした。


「ふーん、まあいいケド。……確かに、クラスの輪の中にいて、一見ぼっちじゃないように見えるでしょ?でも、これで私の自信は確信に変わったよ」


 某野球選手の名言が飛び出したが、どうやら天上さんは、今の観察で仮織さんがぼっちだと確信したらしい。

 

キーンコーンカーンコーン…………


 そうこうしているうちに、午後の授業開始5分前のチャイムが鳴る。

 とりあえず様子を確認することはできたため、一旦引き上げることになった。






 あの後も何度か様子を見に行ったが、いずれもクラスメイトと仲良さそうに談笑していたり、日直や先生の仕事を手伝ったりと、ぼっちとは無縁そうな姿しか観察できなかった。

 しかし、天上さんは違ったようで、仮織さんを見るたびに『ウンウン』と、したり顔で頷いていた。


 そして、ついに放課後を迎えた。


 俺たちは、さっそく仮織さんのクラスの前まで移動し、彼女が教室から出てくるのを待つ。

 数分後、彼女は昼休みに談笑していたグループと一緒に廊下に出てきた。


「仮織~、今日もカラオケ来れないのかよ?」


「うん、ほんとごめんね~!!」


 どうやら、放課後遊びに行く予定を断っているようだ。

 仮織さんは、少し困ったような表情で苦笑しながら、申し訳なさそうに謝っている。


「アンタねぇ、仮織にもプライベートってもんがあるの!ごめんね仮織」


「ううん、こっちこそいつもごめんね!放課後は外せない用事があって……」


「まあそうだよな、こっちこそ悪い!でも、いつかは絶対遊ぼうぜ!!」


「う、うんっ!そうだね……!!」


 そう言って、仮織さん以外は帰っていった。

 人気者は大変だなー、なんて考えていたら、天上さんに袖を引っ張られた。


「このまま仮織さんの後をつけるよ」


「え?もう声かけてもいいんじゃないのか?」


「いいや、まだだよ」


 そう言って、天上さんは仮織さんの後を尾行し始めたため、慌てて俺も後を追いかける。

 仮織さんは、教室のある南館から人気の少ない北館側へと移動し、そのまま北館の階段へと向かった。


「なんで教室側の階段を使わないんだ?」


「しっ!もうすぐだよ……」


 俺の声を天上さんが制止する。

 彼女の言葉の意味はわからなかったが、すぐに答えは出た。


「————だあぁぁぁッ!!!つっかれた~……」


 一瞬、誰の声かわからなかったが、その声の主はなんと仮織さんだった。


「はぁ、いつまでこんなこと続けなきゃなんないわけ?このままじゃ、卒業する前にストレスで死ぬっつーの!!」


 豹変。

 そうとしか言い表せないほどの変わりっぷりだった。

 伸びをしながら、鬱憤を晴らすかのように忌々し気に吐き捨てる。

 声も一段低くなってるし、口調も違う。


 仮織さんの豹変ぶりに驚いていると、突然天上さんに背中を押された。


「今だよ宝生くん!勧誘チャンス!」


「えっ?ちょ、まっ、うわっ!!」

 

 なんつータイミングだよ!?

 こうして、半ば押し出されるような形で仮織さんにコンタクトをとることになった。


「あ、あの~……仮織、さん……?」


 意を決して恐るおそる声をかけると、仮織さんはビクッと身体を震わせ、ゆっくりとこちらに振り返った。


「…………なに?どうしたの?☆」


 仮織さんは、見慣れた人懐っこい笑顔で、何もなかったかのように振舞う。


「いや、声のチューニング間に合ってないぞ?」


「ナニ?ドウシタノ?☆」


「ヒッ!!」


 思わずツッコむが、一瞬でチューニングを合わせて同じ言葉を繰り返す。

 にしてもコワッ!?

 これは、天上さんもよくする相手に圧をかけるための笑顔だ。

 女子には標準搭載されてる表情なのか!?


 天上さんに助けを求めようと後ろを振り返るが、彼女は物陰に隠れてサムズアップだけをこちらに見せてきた。

 一人で何とかしろってことか!?


「あ、あの、俺は2年3組の宝生友斗」


「……仮織辛燐だよ☆それで、宝生くん?は、一体なんの用なのかな☆」


 声色は完全に元に戻っているが、言葉の端々から若干のイラつきが感じ取れる。

 

「その前に、一旦そのキャラはやめないか?『本当の仮織さん』と話がしたい」


 そう伝えると、仮織さんは少し考える素振りをし、やがて諦めたように口を開いた。


「やっぱりさっきの見られてたのね……。わかったわ。『こっち』で喋ってあげる」


「ありがとう。じゃあ、単刀直入に聞かせてもらう。……仮織さんは、『ぼっち』なのか……?」 


「…………は?」


「だから、『ぼっち』なのかって聞いてるんだよ」


「はぁ!?だ、誰がぼっちよ!!アタシは全っ然!これっぽっっっちもぼっちじゃないですけど!?」


 小細工なしの直球に、仮織さんは顔を真っ赤にして反論する。

 この反応は、もしかして本当に『そう』なのだろうか。


「同じクラスのみんなとは毎日喋ってるし!?放課後の遊びにだって毎日毎日しつこいくらい誘われてるし!?自慢じゃないけど、あたしは人気者なんだから!!」


「——その人たちは、本当に心からの友達ですか?」


 仮織さんが必死に弁明していると、突然背後から声が聞こえた。


「あんたは……天上甘那!?」



 そう、ついに天上さんの出陣だ。

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