第5話 お弁当と宣言

 天上さんと昼休みに弁当を一緒に食べる約束をした翌日、俺はソワソワしながら午前の授業を受けていた。

 

 提案を受けた際は特になんとも思っていなかったのだが、時間が経つにつれて実感が湧いてきて、嬉しさが徐々にこみ上げてきた。

 そんな心境が態度に漏れ出ていたのか、帰宅後に妹の友果から不審な目で見られてしまった。

 

 クラスメイトと、それも女の子と一緒に弁当を食べるなんていつ以来だろうか。

 俺の記憶が正しければ、小学校の遠足が最後だったはずだ。


 時間が近づくにつれ、緊張で落ち着かなくなってくる。

 天上さんはどうかとチラッと横目で見るが、彼女は通常運転のようで、クールな表情を崩さず授業に集中していた。


「くそっ、俺だけ変に意識しちゃってるみたいじゃないか……」


 天上さんとの態度の違いに気恥ずかしさを感じながら、昼休みが来るのを待つのだた。






キーンコーンカーンコーン…………


 昼休み開始のチャイムが鳴る。

 と同時に、机を動かしたり教室を出て行ったりと、みんな慌ただしく昼食の準備に取り掛かっていく。

 

 いつもは、そんな姿をぼんやりと眺めているだけだったが、今日は違う。

 俺は、天上さんが教室を出たことを確認してから、少しタイミングをズラして待ち合わせの場所に向かった。


 天上さんが教えてくれた場所は、校門をくぐってすぐの右手にひっそりとある、小さな庭だった。

 存在自体は知っていたが、特に用もなかったので今まで一度も訪れたことはない。

 どんな場所なのだろうかと少しワクワクしている間に、その庭に到着した。


「おぉ~、結構雰囲気があっていいな……」


 草木がうっそうと茂っている場所に、細い一本道が敷かれており、そのまま通っていくと、中には小さな庭が広がっていた。

 中心には池があり、その周囲には木製のベンチがいくつか設置されている。


「どう?結構いいところでしょ?」


 少し非日常的な雰囲気に浸っていると、先に着いていた天上さんに声をかけられた。


「う、うん。本当にいいところだな」


「そうでしょ?でも、外から見てもあんまり中の様子が分からないから、意外と人が来ないんだよね~」


 天上さんは俺の反応がお気に召したのか、自慢げに鼻を鳴らす。

 そして、自分が座っているベンチの空いている側をポンポンと叩いた。


「宝生くんも!ボーッとしてないでこっち座りなよ!」


「え!?で、でも、そんな隣じゃなくても……」


「いいからいいから!一緒にお弁当食べるのに別のベンチとか意味わかんないよ」


「わ、わかった……」


 天上さんに言われるがまま、俺は彼女の隣に座った。

 肩と肩が触れる距離。

 なんかよくわからないが、甘い良い匂いもする。


 喫茶店のときとは全然違う。

 向かいではなく隣だとこうも緊張するものかと思いながら、俺は弁当を取り出した。


「へぇ、宝生くんのお弁当綺麗だね~」


 天上さんは、俺の弁当を見て感嘆の声をあげる。


「まあな。妹が作ってくれてるんだ」


「妹さんが!?料理上手なんだね」


「妹が中学にあがったくらいから、毎日欠かさずに作ってくれてるんだ」


「すごいね~、献身的な妹さんだ」


「あぁ、なんでも、『兄さんの身体のことはちゃんと把握しておきたいから』らしい」


「……妹さんって、もしかして管理栄養士さん?」






 なんて話していると、今度は天上さんが弁当を取り出す。


「……?なんかデカくないか?」


 天上さんの膝の上に置かれた弁当箱は、おおよそ女の子が一人で完食できるサイズではなかった。


「二人分作ってきたんだ!宝生くん、なにが好きかわからなかったから、とりあえず男の子が好きそうなおかずを作ってみたんだけど……」


 そう言いながら天上さんが蓋を開けると、そこには豪華絢爛ごうかけんらんなおかずたちが所狭しと敷き詰められていた。

 

 唐揚げ、エビフライ、コロッケ、ハンバーグ、生姜焼き、ウィンナー……


「って、茶色いのばっかじゃねえか!!」


「だって、『男の子が好きなおかず』って調べたら茶色い料理ばっかり出てきたんだもん!」


 確かに、天上さんの弁当箱に敷き詰められているおかずは、どれも俺の好物だ。

 俺って子供舌なのかな……


「た、確かに、全部好きだけど……」


「でしょ!?じゃあいっぱい食べて?ね?」


「じ、じゃあ遠慮なく……いただきます」


 なぜ俺が食べる分まで作ってきたのかとツッコみたかったが、天上さんの圧に負け、言われるがままに俺は唐揚げに手を伸ばした。


「…………」


「ど、どう?美味しい……?」


 不安そうな天上さんの声を聞きながら、俺はじっくりと味わうように咀嚼する。

 こ、これは……ッ!!


「……美味しい」


「!!!」


「メッチャうまい!なんだこれ!?ほ、他のも食べていいか……?」


「う、うん!いっぱい食べていいからね!」

 

 さっきまでの緊張はどこへやら。

 天上さんから許可が出るや否や、俺は迷わず他のおかずにも手を伸ばした。






「ごちそうさまでした」


「お粗末様でしたっ」


 結論から言うと、天上さんの作ったおかずはすべて絶品だった。

 揚げ物は冷めても衣がベタベタになっておらず、焼き物もしっかり目の味付けで食欲をそそる。

 俺は、自分の弁当と天上さんが作ってくれた分をペロリと平らげた。


「いや~、それにしても宝生くんいっぱい食べたね!作りすぎちゃったかと思ったけど、流石男の子だ」


「いや、まあ作りすぎではあったと思うけど……」


 実際、量的には多かったのだが、今回は食欲が上回った。

 俺は満腹になったお腹をさすりつつ、気になっていたことを質問した。


「そういえば、天上さんって料理得意なのか?」


「うん、家でも結構料理当番するの。毎日まっすぐ家に帰るから、時間持て余してるしね……」


「あっ。そ、そっか……」


 なんか思ったよりも悲しい理由だったな……

 なんて考えていると、天上さんはごまかすように話題を変えた。


「そ、そうだ!宝生くん、私考えたことがあるの!」


「突然なんだ?」


 なんだろう、まだなにも言われてないのに嫌な予感がする。

 警戒しながら、天上さんの言葉の続きを待つ。


「私たちってぼっちでしょ?」


「お、おう。そうだな」


「だけど、高校生の間ずっとぼっちって訳にもいかないと思うの」

 

「な、なるほど……?」


「だから、『脱ぼっち』に向けてなにか自主的に行動を起こすべきなんだよ!」


 急に演説が始まった。

 しかし、確かに天上さんの言うことにも一理ある。

 俺も、ぼっちのまま高校を卒業したくはない。

 

「……それで?」


「それでね?私いいことを思いついたの!」


 この流れはマズい気がするぞ……

 背中に冷や汗をかきながら、固唾をのんで天上さんを見守っていると、彼女は高らかに言い放った。


「——ここに、新しい部活の設立を宣言します!!」


「…………え”?」


 

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