第3話 連れて来られた理由と解散

 かなり話が逸れてしまったが、お互いにぼっちであることを認識したところで漸く本題に入る。


「で、結局なんで喫茶店に連れてきたんだ?」


 そう、あのまま本屋で解散してもよかったと思うのだが、何故か天上さんは俺を喫茶店に連行した。

 ということは、なにか俺に話さなければならないことでもあるのだろうか、などと考えながら、彼女に質問する。

 すると、彼女は改まった態度でこちらに向き直り、口を開いた。


「それはね、宝生くん——」


「う、うん——」


 天上さんがその先の言葉を口に出すのを、固唾をのんで見守る。

 一瞬の沈黙の後、彼女は不意に満面の笑みを浮かべて言葉を続けた。


「脅し♡」


「……え?」


「脅し♡」


「いや、聞こえてないわけじゃないから」


 天上さんの回答は、まさかの『脅し』。

 言葉の物騒さとは不釣り合いな笑みを浮かべながら、彼女はさらに話を進める。


「私がぼっちだってこと、他の人にバラしたら……秋月谷高校に居られなくしてあげるから♡」


 表情は満面の笑みだというのに、全身に悪寒が走る。

 よく見たら、目の奥が全然笑っていない。


「私と宝生くんはおなじぼっちだけど、学校での立場は全然違う。私は学校一の美少女と噂されている女子で、宝生くんは自他ともに認めるぼっち男子。もし、私があなたに何かされたと言ったら、周囲はどちらの味方に付くか……。分かるよね?宝生くん?」


 強すぎるカードだ。

 天上さんの言うとおり、俺たちは同じぼっちであっても、学校で置かれている立場は全然違う。

 俺がぼっちであるということは誰が見ても明らかで、扱いもただのモブキャラ。

 一方彼女は、ぼっちだとバレていない、容姿端麗なクール美少女。

 なにかあった際の信仰力の差は歴然だ。


「あ、天上さんがどれだけぼっちなことがバレたくないのかはよく分かった。

もとより俺は、他人に言いふらすつもりなんて毛頭ないから安心してほしい」


 天上さんの本気度に気圧されながらも、素直な気持ちを彼女に告げる。

 他人の立場を貶めるようなことはするつもりはない。

 そもそも話せる相手もいないしな。


「そ、そう?ならいいんだけど……。意外と優しいんだね」


って……俺のこと、どんだけ最低なヤツだと思ってたんだ……」


 天上さんにとっては意外な反応だったのか、拍子抜けしたような声をあげる。

 にしても、俺への偏見が酷すぎないか?

 他人の秘密を無暗に言いふらさないなんて当然だろ


 もしかしたら、他のクラスメイトも天上さんと同じような偏見を持っているのではないかと想像し、少しショックを受けた。


「なら、この話はおしまい!もう、特に話すトピックはないんだけど……このまま解散するのもなんだし、折角だからちょっと話してから帰らない?」


「え?う、うん。別にいいけど……」


 メイントピックが終わったところで解散かと思ったが、意外にも天上さんから延長のお願い。

 別にこのあと何か用事があるわけでもなかったので、俺は素直に了承する。


「ほんと!?じゃ、じゃあ、宝生くんはなんであの本屋にいたの?」


「あぁ、それはたまたま——」


 こうしてしばらくの間、天上さんと他愛もない会話をした。

 お互いの第一印象とか、学校への不満とか、テストの話とか。

 お互い同級生と一対一で喋るのが久しぶりだったからか、ことほか話が弾む。

 

 天上さんは、笑ったり、怒ったり、悲しんだりと、会話の中でコロコロと表情を変える。

 本当の彼女は、感情が豊かで人懐っこく、どちらかというと『綺麗』よりも『可愛い』という言葉が似合うと感じた。

 





「——あ!もうこんな時間!?」


 天上さんが、スマホを突然見て突然大声を上げる。

 つられて俺も、自分のスマホで現在時刻を確認すると、時刻はすでに17時30分に差し掛かろうとしていた。

 どうやら、気づけば一時間も談笑に夢中になっていたようだ。


「マジか……。天上さん、時間大丈夫?」


「うん、私は大丈夫だよ。宝生くんは?」


「ああ、こっちも問題ない」


 どうやらお互いに、この後特に用事はなかったようだ。

 まあ、ぼっちには放課後に用事なんて基本ないからな。

 

「よかった~!……でも、そろそろ帰ろっか」


「ああ、そうだな」


 こうして、自然と解散する流れとなった。

 それにしても、やっぱり俺って普通に喋れるな……

 久しぶりのクラスメイト、しかも学校一の美少女と普通に会話ができた。

 やっぱり、俺がぼっちなのはコミュ力の問題ではなく、周囲の環境のせいなのだと再認識させられた。

 

 俺がぼっちなのは、すべて『転校』ってやつの仕業なんだ……

 

 脳内で自己肯定感を高めながら、お会計を済ませる。

 喫茶店を出ると、先にお会計を済ませていた天上さんが、俺のことを待ってくれていた。


「ごめん天上さん。別に先に帰ってくれてもよかったのに」


「いいのいいの!お別れの挨拶もまだしてなかったし」


 どうやら、そういったところは律儀なようだ。


「それじゃあ改めまして。今日は色々とありがとう!結構振り回しちゃったね」


「いや、別に大丈夫だよ。偶然とはいえ、天上さんもぼっちなんだって知れて、むしろ親近感が湧いたっていうか」


「もう!あんまりぼっちぼっち言わないで!……ホントに学校で言わないでね?」


「ごめんごめん。それに関しては安心してほしい。約束は守る男だから」


「ん~、怪しい……。でも、バレたのが宝生くんでよかったよ。もっと陽キャの男の子だったら何されてたか分からないし……」


「陽キャを何だと思ってるんだ。あと、しれっと間接的に俺のことバカにしたよな?」


 ————ああ、なんというか、これが青春なんだろうか。

 女の子と他愛もない話で盛り上がって、別れの瞬間をギリギリまで引き伸ばそうとして。

 ぼっちであることに慣れきってしまい、むしろ心地よさすら感じていたはずなのに、こうして天上さんと話していると、心の奥底に押し込んでいた、諦めてしまっていた気持ちがじくじくと刺激されていく。

 

 やっぱり俺は、まだ友達が————


「それじゃあ、今日はもう解散!じゃあね、宝生くん!」


「ああ、じゃあまた明日」


「——ッ!!うんっ!また明日——!!」


 こうして、波乱の放課後は幕を閉じた。

 





「あ”ぁ~つっかれた……」


 帰宅するや否や、一直線に自室のベッドに飛び込む。

 今日は色々ありすぎた。

 まさか、天上さんにあんな素顔があったなんて……


「ていうか、明日からどうすればいいんだ……?」


 目下の悩みはそこだ。

 彼女がぼっちで、学校での振る舞いもやりたくてしているわけじゃないと知った以上、今後はなにか手助けをすべきなんじゃないか。

 そんなことが頭によぎり、悶々もんもんとしていると、ガチャリとドアが開く音がした。


「兄さんおかえり」


「ああ、友果ゆうか。ただいま」


 ドアを開けたのは、妹の友果だった。

 友果は中学三年生で、俺の自慢の妹だ。

 贔屓目を抜きにしてもかなり整った容姿をしてるし、頭もいい。

 本当に俺の妹なのかと疑ってしまうほどに、『デキる妹』だ。


「……あれ?なんでまだ制服着てるの?」


「え?ああ、今帰ってきたところだからな」


 疑問に答えてやると、友果は目を丸くして固まり、なにか小声でブツブツと話し始めた。


「え?あれ?今日の授業は7時間目までだったはず……。兄さんには友達いないし15時55分に授業が終わってそこから大体15分くらいのホームルームの後教室を出て帰ってくるはずだから遅くとも17時には家に着いてるはずなのにあでも今日は漫画買いに行くって言ってたしけどそれにしても遅い私のスケジュール把握に間違いが————」


 なんかすごい早口だな

 お兄ちゃん全然聞き取れないよ

 あと、何でいっつも俺の服勝手に着てるんだ?


 色々と突っ込みたいことはあるが、天上さんの件で気力がなくなっているため、友果をどうどうと宥めて部屋から出し、再び明日以降のことについて考えるが、結論はすぐに出た。


「…………いや、学校で話しかけるのは不味いよな……」


 そう。

 俺は偶然、天上さんの本音を知ることができたが、他のクラスメイトは当然そんなことは知らない。

 そんな状況で、いきなり俺が天上さんに話しかけ始めたりなんかすれば、あらぬ噂があちこちで立ちまくるに決まっている。


 ここは、天上さんのためにもこれまでと同じように振舞おうと決心したところで、疲れが一気に来たのかそのまま眠りについた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る