第2話 天上さんは悲しきバケモノなのかもしれない

「だ、誰にも言わないで……!!」


 クール美少女『天上甘那あまがみあまな』は、雨に打たれた子犬のような、今にも泣きだしそうな顔で、絞り出すように俺、宝生友斗ほうじょうゆうとにそう懇願した。


 普段とのギャップに困惑しながら、なんとか頭の中を整理する。


「つまり——本当に『ぼっち』なのか?」


「…………」


「『ぼっち』だから—— そんな啓発本を買おうと?」


「~”~”~”!!!」


「いつも終礼の後、いの一番に教室を出ていくのも、『ぼっち』で学校ですることがないから——なのか?」


「!!!~”~” ッ、そう! 私は『ぼっち』なの!! 何か文句でもある!?」


 『怒り』『羞恥』『絶望』といった感情がごちゃ混ぜになったような表情で、天上さんはついに自白した。

 あの天上さんがぼっちだったなんて、にわかには信じられない。

 俺がまだ衝撃の事実を咀嚼そしゃくできずにいると、彼女は唐突に俺の腕を掴んだ。


「——来て」


「ど、どこに?」


「いいから来て!!」


「わ、分かった! 分かったから天上さん手は離して——!!」


 半ば俺を引きずるようにして、本屋の出口へと向かう天上さん。

 当然、店内には俺たち以外の客もいて、彼女の容姿もあってかなり目立って

しまっている。

 しかし、このまま店を出てしまう前に、どうしても彼女に確認しなければならないことがあると気づき、恐るおそる口を開らく。


「あ、あの……天上さん?」


「……なに?」


 ぼっちだということがバレてしまったのが相当ショックだったようで、天上さんは少し拗ねたような声色で返事をする。


「その本、買わないなら元の場所に戻さないと」


「え?…………あ」


 そう、天上さんの手には、未だ脱ぼっちの啓発本が握られたままだったのだ。

 そのことを指摘すると、彼女はすっかり忘れていたというような声を出し、そのまま本をジッと見つめ、コロコロと表情を変えながら悩み始めた。

 学校ではいつも、仮面を被っているかのようにクールな表情を崩さない彼女だが、案外表情豊かなのかもしれない。


 そんなことを考えていると、天上さんはついに決心したようでこちらに向き直り、


「……か、買ってくる!!」


 とだけ言い残して、レジへと走り去っていった。

 

 結局買うのか……


 俺が天上さんと同じ状況なら、絶対買わずに帰るだろう。

 メンタルが強いのか弱いのかよく分からないなと思いながら、彼女が戻ってくるのを待った。






 「——で、なんで喫茶店に?」


 あの後、俺は本屋近くの喫茶店に連行された。

 そして今、天上さんとテーブルで向かい合って座っている。

 学校中の男子が一度は夢見るシチュエーションだが、さっきあんなことがあった後なので、何をされるのか分からずオドオドしてしまう。 

 実は財閥の令嬢で、秘密を知ってしまった俺を社会的に抹殺しようとしているのでは、などと突拍子もないことを考えていると、彼女は不意に口を開いた。


「私は、天上甘那。 17歳」


「え?」


「部活には所属していません。 趣味は人間観察と——」


「ちょ、ちょっと待った!」


 突然始まった演説に、慌ててストップをかける。

 止められた天上さんはキョトンとした顔で俺を見つめ、何か言いたそうにしている。

 

「何で止めるの? まだあと20項目くらい残ってるのに」


「20!? そんなに自分のこと紹介する内容ないだろ!」


「あるよ? 好きな食べ物とか、嫌いな芸能人とか」


「自己紹介で嫌いな芸能人は伝えないだろ普通!俺がその芸能人好きだったらどうするんだ!?」


 わざとボケてるのかと疑ってしまうが、天上さんの表情から察するに、これは"マジ"だ。


「——あのさ、何で急に自己紹介を始めたんだ?」


「え?だって、これから話をするのに、自己紹介は必須でしょ?」


「確かに自己紹介は大事だけど、無言からいきなりはちょっと怖いだろ……」


「え”? そ、そうなの? だってあの本には確か——」


 そう言うと、天上さんは持っていたバッグの中に手を突っ込み、

 『猿でもわかる! 友達を作るために必要な100のこと』という題名の本を取り出した。

 よく見ると、本にはおびただしい数の付箋が貼られており、彼女による手書きのメモが記されている。


「『初めて話す相手には、まず自分を知ってもらうことが大事』…………。 話の切り出し方は書いてないじゃん!」


 ブツブツとなにか言いながら、ページに『いきなりはNG! 怖いらしい』と書かれた付箋を貼る天上さん。

 何やってるんだろう……

 見慣れない光景に、若干の恐怖を覚えた。


「ん”ん”ッ! 気を取り直して——」


 メモは終わったようで、天上さんは相変わらずちょっとうるさい咳ばらいをして

話を戻す。


「——私は、天上甘那です」


 瞬間、天上さんは学校でよく知る天上さんになった。

 山奥を流れる澄み切った川のように輝く淡い青色の青髪と、直視していると吸い込まれそうになる宝石のような青い目に、メリハリの効いた抜群のスタイル。

 さらには、クールな表情や声色も相まって…………


「いや、もう無理だろ」


「ウ”ッ。そ、そうだよね、もう無理だよねアハハ……」


 美少女であることには変わりない。

 しかし、この十数分の間に『クール』という印象はぶち壊されてしまった。


「じゃあ改めて自己紹介シマス天上甘那デスぼっちデス」


「急に投げやりすぎるだろ!ったく、俺の憧れを返してくれ……」


「——ん? 今なんて言ったのかな? 『憧れ』って言ったのかな? ん?」


 しまった!!


 天上さんは、俺の失言を聞き逃さず、先ほどまでの暗い表情から一変して、こちらを煽るようなにやけ顔で捲し立てる。


「い、いや! 今のは言葉の綾というか、なんというか……」


「うんうん! 君も男の子だもんね! 私みたいな美少女が同じクラスにいたら、嫌でも意識しちゃうよね~♡」


「だ、だからそんなんじゃないし!!」


 なんだこれ、ウザすぎるだろ。

 自分が美少女なことに自覚アリなのが、一層ウザさに拍車をかけている。

 しかし、実際意識していなかったかと言われれば、全くそんなことはないので否定できない。


「うんうん♡ …………ナラ、モットマエカラ話シカケテクレテモヨカッタノニ」


「ヒッ!」


 テンションの乱高下怖っ!?

 呪言でも発しているかのような低い声で、自分に友達ができなかったのは俺のせいだと暗になじられる。


「い、いやそれは、住む世界が違いすぎるっていうか、俺なんかが声をかけるのははばかられるっていうか……」


 これは、俺だけではなくクラスの、いや全校生徒が思っている本音だと思う。

 学校での天上さんは、まるで氷でできた彫刻のようで、下手に触ってしまうと簡単に壊してしまいそうな危うさを醸し出している。

 だからこそ、みんな自然と声をかけなくなったのだろう。


「やっぱりそうなんだね~、ハァ……」


 そんな俺の回答に、天上さんはやっぱりかといった表情で溜息をつく。


「小学校の頃からずっとそう! みんな、チラチラ見てくるくせに直接は話しかけてくれないの!そんなに気になるなら話しかけてくれればいいのに……」


「でも! 高校生になってからは、自分も変わろうって思ったの!」


 お、なんか弁明のターンに入ったな。

 天上さんは徐々にヒートアップしながら話を続ける。


「受け身なのがダメなんだって思って… だから! 自分から話しかけようって頑張ったの!! けど…… 」


「ダメだった、と」


「なんか、自分から話しかけるのって初めてだから、き、緊張しちゃって……。

上手く声が出せなくてボソボソ喋ってたら、いつの間にかクールキャラってことになってて、気づいたら今までと同じ状況になってたの……」

 

 当時のことを思い出したのか、項垂うなだれながら言い訳を並べる天上さん。

 なんでだろう、少し前までは、天上さんのそんな姿なんて想像もできなかったのに、今では必死に喋ろうとあたふたしている姿がありありと目に浮かぶ。


「で、結局ぼっちになったのか」


「……ウン。今更素の性格は出せないし」


 なるほど、天上さんの身の上はよく分かった。

 なんとなく察してはいたが、どうやらこっちが素の性格のようだ。

 

 しかし、美少女過ぎてぼっちになるとは、全国でもかなり稀有なケースなのではないだろうか?

 他のぼっち達に聞かせたら、嫌味かと思われそうだ。


「大体わかった。じゃあ、次は俺が自己紹介する番だな。俺は——」


「宝生友斗くん——だよね?」


「えっ?」


 天上さんばかりに話をしてもらうのは不平等だと思い、今度は俺が自己紹介しようとしたのだが、それを遮るように、彼女は俺のフルネームを口にした。


「な、なんで俺のフルネームを知ってるんだ?」


「『なんで』って、クラスメイトなんだから当たり前でしょ。それに、さっき言ったでしょ? 『趣味は人間観察』だって」 


 そう言いながら、天上さんは再びバッグに手を突っ込み、一冊のノートを取り出した。

 表紙には、『2-3 クラスメイトプロフィール帳』と書かれており、彼女は迷いなく目的のページを開いた。


「 『宝生友斗(ほうじょう ゆうと)』。身長173センチ、体重63キロ。髪型は黒髪の短髪。今年のゴールデンウィーク明けに本校に転校してきた。しかし、周囲に馴染めなかったのか、現在はいつ見ても一人でいる。おそらく『ぼっち』 」


 天上さんは、突如として俺のプロフィールをスラスラと読み上げた。

 身長と体重なんてどこで知った?

 っていうか、なんか最後に失礼なこと言われなかったか!?


「どう?合ってるでしょ?」


 天上さんは、ノートをぱたりと閉じながら自信ありげに聞いてくる。

 そう、悔しいが、彼女が読み上げた情報はすべて合っていた。

 

 俺は、『秋月谷あきづきだに高校』に高校2年生から転校してきた。

 最初の方こそ、転校生という物珍しさでみんなから声をかけられていたが、俺はイケメンでも美少女でもなく、これといった特徴もないモブキャラ。

 当然、話題は長くは続かず、一週間も経たないうちに、ただの『生徒A』になった。

 一年とちょっとの時間ですでに出来上がっていたコミュニティに今更割り込めるほどの度胸はなく、結果として『ぼっち』になってしまった、というわけだ。


「合ってる、けど、他人に面と向かって言われるとクるものがあるな……」


「やっぱり!きみもぼっちなんだね~♡」


 天上さんは、同類を見つけたといわんばかりに、にやけ面で煽ってくる。

 薄々気づいてはいたが、結構いい性格してるなコイツ……


「う、うるさいな!—— というか、もしかしてだけど、そのノートってクラスメイト全員のプロフィールが書かれてたりする……?」


 煽りに反論しつつ、俺は気になっていたことを聞いてみる。

 もしそうだとしたら、ちょっと怖いぞ……


「え? そうだよ? まぁ、まだ同級生全員分のは纏めきれてないんだけどね」


「はぁ!?」


 え?なに?同級生全員分!?

 数百人いる同級生全員のプロフィールを収集しようとしてるのか!?

 

「何でそんなことを!? めっちゃ怖いんだけど!?」


「こ、怖くないでしょ!? だって、いつ誰に話しかけてもらえるか分からないんだから、その時に相手のことを知っていれば、会話がスムーズにできるかもって思って……」


「絶対に努力の方向性が違うと思うぞ……」


 嗚呼、何ということだ。

 もしかしたら彼女は、周囲の環境が生んでしまった、悲しきバケモノなのかも知れない。


「そうか……ごめんな、気づいてあげられなくて」


「なにその憐れんだ表情!? バカにしてる!?」


 図らずもその環境の形成に寄与してしまった者として、俺は労りの声をかけた。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る