第3話 弓瀬ひなのは戻らない
「えー、それ聞く? なんか先生にも聞かれたよそれ。一ノ瀬君意外とぐいぐい来るね」
「ごめん。話したくないなら別にいいんだけどさ、ほらひなのがせっかく学校に来ようとしてるんなら俺もそのひなののことを理解したいから」
それに原因を聞かない限りはクラス復帰への解決策が見えない。
詳しく聞いたわけではないがこんな俺でも話は大体わかる。
ただ、それだけでは彼女の不安は取り除けないと思った。
「へー。ま、まあそういうことなら話してあげなくてもないけれどさぁ……」
弓瀬はくねくねしながら、その長い髪を指で巻く。
「じゃあいいんだね一ノ瀬君。話しちゃうよ? いいんだね? こんな不登校で、家でグチグチ行っちゃうような女の愚痴を聞いてくれるんだね一ノ瀬君!」
弓瀬は意外と自身の評価が低いらしい。
でも弓瀬基準なら、俺はモブ陰キャの分際で高嶺の花に『俺を頼ってくれ!』なんて言っているようなもので。
もっと自信持ってよ弓瀬さん。俺、自分が虚しいよ。
「じゃあー……どこから話そうかな。あ、そうだ。一ノ瀬君は私が元アイドルなの知ってるよね。あ、アイドルって言っても所詮は地方営業メインの地元の人しか知らないようなそんなやつね」
いやアイドルってだけでもすごいけどな。
「それでさ、やっぱり学校だとアイドルしてる生徒って珍しいじゃん? だからいろんな噂がでてくるんだよね。それは当たり前だと思う。だって学校内でもちょっと有名になったらアンチだって湧しさ」
なるほど、そこらへん割り切ってはいるのか。
「でもさあ、ビッチとかさあ。男関係とか、そもそもの人格否定とか! それこそアイドルってだけでビッチ扱いされるんだよ? ひどくない?! さすがにこれってないよ!」
「なにそれひどいな。別にひなのがヤリまくってても気にしないのにな」
しまった、コミュ障一ノ瀬の口がスリップ!
「いや、ヤリまくってないから! てかヤったことないし! そこは気にしてよ!」
「いや別にひなのが処女かなんて聞いてないんだけどなあ……あ、あはい。うん、ごめん。忘れますはい。さっきの話はなしってことで。ねえ、あの、忘れるからそんな目やめて? ね? ……ね?」
弓瀬は獣のような目で俺を見る。まずい俺狩られるわ、これ。
でも俺のデリカシーのなさに一番驚いてるのは俺なんだけどね。
俺は申し訳なさも込めて、自分の鞄からキットカットを1つ取り出して献上する。
「……よろしいっ。まあ簡単に言うといじめだよ。それが原因でアイドルやめちゃってさ。それ以上言うことはないし、言えることもない。そんな感じ、かな。まあいろんな噂が大きくなっていじめになったってこと」
「ひなのは何か言わなかったのか? その噂に対して」
「んー、言ったんだけどね。聞いてはくれないよ、やっぱり。それに私一人で対処できる範囲を超えてるから。それだけみんなに広まってるんだよ」
一番影響力がありそうな弓瀬でも対処できないとか、俺みたいに凡庸な一般生徒はもうお役御免では。
「だからまあ、保健室登校ならギリ卒業できるらしいし、クラスに復帰しても邪魔かなって。てか多分メンタル持つ気がしないし……」
「じゃあクラスには戻る気ないんだ」
「そうなるかな……今はね」
弓瀬は少し遠くを見るように答える。
「だってほら、一ノ瀬君が毎日ここに来てくれるならそれはそれでいいかもって思ったりもするし」
「へ?」
「え?」
え? 俺毎日来るのこれ、実質部活と一緒じゃん。
聞いてないぞ先生これっきりじゃないのかよ。
いやそんな感じはしてたけど。
てか誰よりも早く帰ってラノベを読む生活できなくなるんですか?!
それはちょっと帰宅部のエースとして許せない……!
「え、あ違うの? そ、そっか。まあ私も楽しかったから勘違いしちゃったなーみたいな。ハハハ……ああ、やっぱメンタルに来るから私また引きこもるね……私ってば少し優しくされたからって……ごにょごにょ……いやほんとつらい……」
やめて! そんな露骨に落ち込まないで! 胸が痛いって!
やっぱ病んでるんだなあ。すっごい落ち込みよう。
こんな情緒でそっとしておくわけにもいかないか。
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