第2話 弓瀬ひなのはあざと可愛い
この秋明高校の新聞部は数年前に廃部になっている。
ただ、ドアの磨りガラスに貼られているいかにも印刷物な新聞部の文字は今も健在で、日差しによる劣化で黄ばんでいた。窓から入る風に新聞部の紙が寂しそうになびく。
「マジかよ新聞部放置されすぎだろ……」
元新聞部の部室。磨りガラス越しに見える人影。
つまりこの奥には奴がいる。
そう考えると……まずい、緊張で手汗が。
っていうかこれ、実質俺が女子と話するだけのイベントなのでは。
俺は少しばかりの期待を抱いてドアをからりと開ける。
元部室とはいえ、今でも部室として機能する程度の物はそろっている。
広すぎず、意外と普通の部室って感じだろうか。
長机が二つ、並ぶように縦に置かれており、大きな棚に挟まれた部屋はより一層狭く感じさせる。
一人で本を読むなら十分すぎる環境だ。
西側校舎の三階。放課後、夕方の眩しい日差しが窓側にいる少女を差す。
机に突っ伏した状態で寝ている少女は一向に起きようとしない。
それにしても、
なんて可愛い寝顔なんだッ……!
危ない。
もう少しで声に出そうだった。
いやしかし小動物系美人っていうのか、ほっぺたが腕に乗ってるし。
なにこれリスじゃん超可愛い。
めっちゃ気持ちよさそうな寝顔しとるやんけ。
起こしたくねー。
っていうか寝ている女子の起こし方を知らないんだけど。
「ゆ、弓瀬さーん……あ、あのー……弓瀬さーん」
俺は起こそうとして張りに張れない声で起こそうとする。
ただ、この状況での失敗例を俺は経験済みだ。
一年の時クラスの女子を起こそうとして肩に触ったらめっちゃ嫌われたからな。
今回は周りの目がないだけましだと思おう。
結果、解決策は触らない。以上!
「弓瀬さーん。おーい。起きてー。弓瀬さーん」
ん? いや待てよ。これ起こす必要あるか? 起こさずに帰るって手も……
「んんっ……ん? わあ、おはよー」
……なかったか。
「あ、おはよ」
「……ん? んー、誰? あ、あー! そうゆうことかあ。誰かと思ったよ。そういえば人がくるって言ってたもんね。えーっと、なんだっけ……いち、いち……いちのー……け?」
違う違うそうじゃない。
いや凄いなこのフレーズの既視感。
危うくサングラスで髭のおじさん出てくるところだったよ?
「一ノ瀬。一ノ瀬友也。えーっと、弓瀬さんだよね」
「うん。あってるよ。弓瀬ひなのって言います。一ノ瀬君って確か同じクラスなんだよね。私二年生になってクラスの人としゃべったことないから、一ノ瀬君が初めてかもっ」
その類い稀なる整った顔に、えくぼが綺麗に浮かび上がる。
風になびくロングの髪からフルーツ系のシャンプーのにおいがする。
さすがは噂に聞く元アイドル。
本人は無意識だろうが、あざとさが殺人級すぎんだろ。
「あ、俺が初めてでなんかごめん」
「なんで謝る?! ていうか謝りたいのはこっちだよ?」
「……なんで?」
「だって私先生から聞いたもん。一ノ瀬君、私を元気づけるために来てくれたんでしょ? 正直すっごい嬉しいんだよね。私最近同級生と話できてないしさ。ほら、一ノ瀬君優しそうだし? だから私みたいな不登校に付き合わせてごめんだよ」
うまく説明してくれたな。さっすが先生。
「弓瀬さんの役に立てたら、というか少しでも心が楽になってくれたらうれしいかな」
「ほら一ノ瀬君優しいじゃんっ。あ、あとひなのでいいよ? あんま呼んでくれる人少ないし。てか呼んでほしいかもっ」
ほーらそういう言葉、俺みたいな陰キャは勘違いしちゃうんだよなあ。
てか呼んでほしいって、凄い飛んだな。桃鉄なら飛びカードくらい飛んでる。
ラブコメなら名前呼びまでのエピソードだいぶあるぞ?
「じゃあ弓……ひなのでいいのか。会ってから早々聞くのもなんだけど、なんで学校に来づらくなったんだ? あ、別に全然話せる範囲でいいっていうか」
俺は弓瀬が不登校に至るまで何があったのか、本人が答えられる範囲で聞く。
弓瀬にはできるだけ心を開いてほしい、そう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます