決闘の後に (3)


 俺は尻尾を振る子犬のように俺の動作を見つめている石川を無視しながら、席を立つ。


「先輩? どこに行くんです?」


 石川が問いかけてくるが、俺は無視を決め込む。これ以上、あんまりコイツに関わり合いたくなかった。一緒に昼飯を食っておいて、今更かもしれないが、コイツに関わるとロクなことにならないような気がする。


 しかし、席を離れた俺に、石川は後を追ってついてきた。


「先輩。お供します」

「いらん! お前の教室へ帰れ!」


 冷たくあしらうのだが、石川は全く堪えていないようだ。


「嫌です。先輩の行くところ、海でも山でも、男子トイレでもご一緒します」

「トイレは来るな! 購買部に行くだけだから、お前は教室帰れよ」

「購買ですね。ノートですか? シャーペンの芯ですか? まさか、パンツですか?」

「違う! 誰が学校でパンツなんか買うか!」


 そもそも、この学校の購買にパンツは売っているのだろうか。確か、小学校とかは漏らした生徒がいた時のために、保健室にパンツが常備してあるとか噂で聞いたことがあるが、高校生にもなってお漏らしは無いよな。


 などと、石川と口やかましくやり取りをしているうちに、購買部に着いた。


 既に人気のパンなんかは売り切れていて、残ったのは微妙そうなパンばかりだった。


「コッペパンに、何だこれ? カレーうどんパン?」


 焼きそばにパンの組み合わせは相性抜群だが、カレーうどんにパンの組み合わせはどうなんだろうか? 胸焼けしそうなんだが。それに、何でこのパン、三百八十円もするんだよ。高すぎだろ。カロリー相応かよ。


 俺は仕方なく、一個八十円の安いコッペパンを買うことにした。購買のおばちゃんに百円玉を渡し、お釣りの二十円とコッペパンを受け取る。


 俺がコッペパンを買っている間、後ろで石川は大人しく待っていた。

 しかし、俺が買い物を終えたところで、石川は楽しそうに近寄ってくる。


「先輩。どんなパンを買ったんで――」


 ぐう。


 おい、マジか。まだ腹が減っているのか。重箱三段にパン一個食ったんだぞ。お前。燃費悪すぎだろ。


 俺が目を細めていると、石川はブンブンと手を振りながら否定する。


「き、今日はちょっとお腹の調子が悪いんです! アレです! 下痢なんです!」


 だから、その誤魔化しは罪が深いっての。


 俺は仕方なく、コッペパンを包装してあるナイロン袋の上から二つに割き、その一方を素手で掴み、ナイロン袋に入った残りを石川に差し出した。


「ほら」

「へ?」


 石川は不思議そうに差し出されたパンを見る。


「そんな、貰えません」

「差し出したもんを断るな。ほら。食え」


 俺は少々強引に石川にコッペパンを押し付ける。これが、もう少し洒落たパンなら格好もつくが、コッペパン程度で偉そうな素振りはできないな。値段にして四十円の話だしな。


 しかし、そんな俺の考えとは打って変わって石川は大変ありがたそうに俺のパンを受け取った。


「あ、ありがとうございます!」


 ペコリとお辞儀をする。俺はそれを無視して、コッペパンを頬張りながら教室へ足を向けた。


「それじゃ、教室へ帰る。お前も教室帰れ」


 まだ昼休みは半分くらいしか過ぎていない。貴重な昼休みだ。教室に戻った後は、石川の振る舞いに邪魔されず、心静かに睡眠でもしていたかった。


「はい。パン。ありがとうございました。先輩」


 今度こそ、石川は素直に俺の言葉に従ったようで、石川は俺とは違う方向へ足を向けていた。


 やっとか。やっと俺は解放されたのか。


 一時間しかない昼休みも、もう半分が過ぎていた。

 そして、午後の授業も眠たい欲求を抑えながら何とか受けきり、帰りのホームルームの時間になった。

 担任が教室に来るのが遅かったため、少し長引いている帰りのホームルームの最中に、教室の後ろの扉が開く。


「猪熊先輩! 放課後ですよ! 一緒に帰りましょう!」


 石川だった。


「ああ、えっと、まだホームルームが終わってないんだが」


 担任の相坂先生はまだ連絡事項を終えていなかった。それに気づいた石川は大人しく引き下がる。


「失礼しました。先輩。教室の外でお待ちしております」


 ペコッと頭を下げ、教室の後ろの扉を閉めた。


「まあ、猪熊。節度は守って、な」


 担任の生温かい目が、無性に俺を苛立たせた。

 それから、三分くらい、担任の連絡事項伝達があって、ようやく放課後になった。

 生徒は思い思いの放課後を過ごすため、教室から退出していた。

 俺は帰りたくない欲求がありながらも、帰らなければ仕方ないので、観念して教室を出た。


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