決闘の後に (1)


 それから、土ぼこりまみれの俺は、同じく土臭い石川を抱きかかえて保健室に向かった。まあ、お姫様抱っこってやつだ。石川は見た目通り、軽かった。高校一年生の女子の平均体重は五十キログラム強くらいだろうが、石川はそれよりも少し軽い印象だった。もっとも、俺は既に石川を女の子として意識することは無くなっていた。道中、早く起きないだろうかと思っていた。文字通りお荷物である。


 異性から告白まがいの決闘を宣言され、受けたところ攻撃された。うん。全く意味が分からないな。でも、それ以外の説明ができないのだから仕方ない。養護教諭に言及されたら、その時はその時だ。


 ガラガラとノックもせずに保健室の扉を開く。保健室の主である養護教諭は、すぐに俺に気づいたようだ。


「あら、ケガ人? そこのベッドに寝かせて頂戴」


 このケガはどうしたの? 誰がやったの? 君の名前とクラスは? といった説明要求は全く無く、俺に指示を出しただけだった。

 意外と養護教諭の懐は深いようだ。


「き、聞かないんですか?」


 俺はいたたまれなくなって、逆に質問をしてしまった。


「嫌よ。聞いたら、私も関係者になるじゃない。貴方たちの問題は、貴方たちで解決して」


 養護教諭は不愉快そうな顔でそう言った。どうやら、意外と芯が太いようだ。ってか、職務放棄じゃね?

 俺も右腕を診てもらったが、骨には異常が無いという判断だった。


「レントゲンは取れないので、正確なことは言えないけど、気になったら外科に診てもらいなさいな。はい、湿布ね」


 養護教諭は保健室に備え付けられた棚から一枚の白い湿布を取り出し、俺の肘の内側に貼ってくれた。冷感の湿布のようで、貼られた箇所がひんやりとした。


 俺はそのまま石川を保健室のベッドに置いて、下校した。石川もそのうち、目を覚ますだろう。


 しかし、問題なのはここからだった。


 翌日。いつも通り俺のクラスである二年三組の教室に入ると、俺の席に花束が一杯置かれていた。

 しかも、その花束は彼岸花と菊、それに椿だった。


「座席に花束って、縁起悪っ!」


 まるで俺が死んだみたいな扱いだった。花束の上には、一通のメッセージカードが置かれていた。

 そこには、こう書かれていた。



 二年三組猪熊翔堂さま。お伝えしたいことがあります。放課後、校舎裏の伝説の亀像の前でお待ちしております。一年二組石川愛衣。



 アイツ、昨日の今日でこれかよ。懲りてねえな。ってか、また俺はアイツを相手しなけりゃならないのかよ。


 無視しようかと思ったが、挑戦状を再び貰っておいてシカトするのは逃げたように思われそうで嫌だったので、俺は仕方なく放課後、再び校舎裏へと足を向けた。


 花束? そんなもん速攻でゴミ箱に捨てたわ。


 帰りのホームルームを終えた後、気は乗らなかったが、伝説の亀像の前へと足を向けた。伝説の亀像の前では、女生徒は既に俺が来るのを待っていた。


 肩まで伸びたセミロングヘアの黒髪、大きなブラウンの瞳、ぷっくりした唇、やや大きめの胸、身長はほぼ平均か、ちょっと低め。間違いない。昨日、俺をボコボコにした美少女、石川だった。


「石川! 来たぞ! 今日は何だ!」


 俺は威圧的に石川に声をかける。最初が肝心だ。昨日はその最初のステップを大きく間違えていた。最初から喧嘩腰なら、間違いないはずだ。今日は何から仕掛けてくる? 昨日は右のストレートだったな。また拳か? それとも次は距離を取って蹴りか? 何でも来いよ! やってやるよ! チクショウ!


 しかし、石川はしおらしく言うのだ。


「つきあってください」


 ほら、これだ。この言葉に俺はまんまと踊らされたんだ。今度は聞き間違えないぞ。


「嫌だよ。誰がお前と喧嘩なんかするかよ。昨日ので懲りないのかよ。俺の勝ちだ。再戦は受け付けない。じゃあな、俺は帰る!」


 俺は口早に言って、その場を後にしようとした。が、俺の腕を石川は抱きしめる様に引き留めた。


 ヤバい。腕を取られた。このままでは、関節を決められてしまう。


 しかし、俺の心配は杞憂だった。

 石川はまるで乙女のように、力を振り絞って声を発する。


「好きです! 猪熊先輩! 私とお付き合いをしてください!」


 これは、聞き間違えじゃないな。今、「好き」って言ったよな。

 流石に、「隙(だらけ)です」「お突きあいしてください」では無い……よな。


 俺は胡散臭いものを見るような目で、石川の言葉を繰り返した。


「好きです? 今そう言ったのか? お付き合い? 誰と、誰が?」


 しかし、石川は極めて純粋な瞳で俺を見返していた。うう。美少女の視線が辛い。いや、騙されるな。コイツは俺にいきなり右ストレートをぶっ放してきた危険人物だ。油断してはいけない。


「はい。好きです、と言いました。昨日の投げは見事なパワーボムでした。私、感服しました。気を失うとは、私もまだまだ修行不足でした。私は、猪熊先輩の強さに惚れたんです!」


 何だ? ってことは、昨日のあの最後の一撃で、惚れたと。そう言うことか?


 俺の杓子定規では測り切れないようなことが起きているようだ。俺の理解は到底追いつかない。


「アホ! 誰が喧嘩の相手と付き合うか! 俺はお前を女の子だとは思わないようにしたんだ! 今更、付き合えるか! この野蛮娘が!」


 昨日は本当に死闘だったんだ。それを無かったことにはできない。まだ右腕はピリピリ痛むんだぞ。お前はピンピンしているようだけどな。


「帰る!」


 俺は背を向け、石川の腕を振りほどいて、その場を去ろうとする。

 その俺の背中に向かって、石川は最後の言葉を投げかける。


「私、諦めませんからね! 先輩が私のことを見てくれるまで!」


 それから、石川の熱烈なアプローチが始まった。


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