網代藤次

「もう、遠かったんだから。裏道を使わなかったら日が暮れてたわ」


「それは……仕方ないだろう?あのゴーストは桁違いに危険だったんだから」


「つまり私が心配だったのね?」


「そうだよ。君に何かあったら俺は責任を負いきれない」


「そ、そうなんだ……」


 レインが視線を落とす。


「……なんだよ。言い出したのは君だろう?今度は君が赤くなってるじゃないか」


 それにレインは慌てて弁明した。


「別に照れてなんかないわよ。それより藤次、全身ボロボロだけどどうやってあのゴーストを倒したの?アーサー王でしょ?アレ」


「原本からエクスカリバーを具現化したんだ。それにスティンガー大佐も協力してくれた」


 藤次は荷台で煙草をふかすスティンガーを見た。


「生きてたんだ……って、アイツが藤次を手助け?あんなに殺意満々だったのに」


 それにスティンガーは答える。


「ひどい言い草だな、レインさん。俺はただ理にかなった選択を行っただけだ。それに彼には組合からの捕縛許可が下りていた。こちらも仕事でね」


「それにしては私情が入っているように見えたけど」


「……やはり貴方とは反りが合いそうにもない」


「それには同感ね」


「2人ともずいぶん険悪だな……だがまあ大佐には助けてもらった。それは確かだ」


「ふーん。じゃあ私は?」


「私はって……まあ君にも色々と助けてもらったよ」


「なんかアッサリしてるわね。もっと具体的に」


「君、結構そういう所あるよな……」


「なによ、気になるんだからいいじゃない」


「……そうだな。さっきは間接的に君の力を借りたかな。君の血を触媒にしたんだ」


「他には?」


「うーん……道案内、とか?」


「他は」


「……」


 藤次は考えているうちに、一つだけ浮かんできたことがあった。だが到底口にできそうも無い。口ごもる藤次をレインが待ち続けるという光景が広がったが、それも長くは続かなかった。レインの後ろにスーツ姿の男が2人歩いてきた。その2人組はレインに声をかけた。


「お取込み中のところ失礼。貴方はレイン・エーリアで間違いないですね?」


 それにレインは振り向きもせずに答える。


「そうだけど、私に何か?」


「エーリア本家から言伝がありまして、同行願えますか?」


 レインは難しい顔をしたが、諦めたようにため息をついた。


「はあ、流石に本家の要請は断れないわね。手短にお願いできるかしら」


「善処します。ではこちらへ」


 レインはその2人についていく直前、藤次に声を掛けた。


「あとで答えを聞かせてね。絶対だから」


「……善処する」


 レインはそのまま車両の間をぬって奥に消えていった。


「厄介なのに捕まったな、お前」


 スティンガーは藤次にそう言った。


「根はとても真っ直ぐな人ですよ。気が強いのもそれが理由だ」


「知った口ぶりだな」


「2人で話したんですよ。自分の中に揺るぎない正義を持っているのが良く分かりました」


 それにスティンガーはもたれた体を起こした。


「おい、もしかしてそれ、ピッカリーで俺を巻いた後の話か?」


「良く分かりましたね。あのあとホテルに泊まったんですけど、都合上相部屋だったんです」


「それはなんというか……」


「なんですか。別に何もありませんでしたよ」


「それは分かってる。お前初心そうだしな。俺が言いたいのは、出会って半日でよくそこまで腹を割って話せたな、ということだ」


「境遇が似ていたんですよ。親近感というか、共感できるところが多々あったので話が続いてしまって」


「似た者同士ってことか。案外さまになってるんじゃないか?」


「さまって、そういう言い方は辞めてください」


「何をいまさら。さっきだってお前らの熱い抱擁を見させられて、こっちは煙草の一つも旨くならねえ」


「熱い抱擁なんてそんな……」


「ハタチでそれかよ。経験の一つもねえと不便で仕方ないな」


「余計なお世話です。そろそろ撤収も終わりそうだし、俺たちも行きましょうよ」


「分かっている」


 2人は機材の撤去と安全確認が済んだ広場に向かった。すでにBCDの隊員たちは全員整列している。そしてスティンガーは彼らの前に立った。横には藤次もいる。スティンガーは隊員たちに向かって言った。


「初めに言っておく。はっきり言って我々は実力不足だ。全くの部外者に助力を乞う必要があるほどな。だがそれを悲観するのは違う。私たちは魔術師だ。足らぬ箇所はひたすらに研鑽すればいい。そして最後に、皆良く戦ってくれた。今回の経験は必ず次に生かすぞ。いいな」


「イエス、サー!」


「では各部隊ごとに順次解散。負傷者は軍病院に行くように」


 スティンガーは部隊を解散させると藤次に話しかけた。


「お前にも礼を言わなければな、網代藤次」


「俺は別にいいですよ。俺が勝手に首を突っ込んだんだから」


「その勝手がなければ俺や俺の部下は死んでいた。感謝する網代藤次」


 スティンガーは藤次に握手を求めた。それに藤次は応えた。


「こちらこそ感謝します、オルガン・スティンガー大佐」


「ああ、助かった、網代藤次」


 その時初めてスティンガーは笑った。それはびっくりするほど穏やかでぎこちない笑顔だった。


「……何をまじまじと見ているんだ、網代藤次」


「え?あ、いや。大佐、そんな顔するんですね」


「お前は俺をなんだと思っているんだ……」


「はは。じゃあ俺は荷物を取りにいきますね。空港のコインロッカーに突っ込んだままなんですよ。それにレインもいる」


「了解した。じゃあな、網代藤次」


「はい。また会いましょう、スティンガー大佐」


「それはごめんだ。二度と来るなよ」


「邪魔はしませんよ。では」


 藤次はスティンガーに別れを告げるとレインの元に向かった。

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