戦いの終わり
「見事だ……網代藤次」
アーサー王は心臓を穿たれてその場に力なく倒れた。藤次は黙って横たわるアーサー王の側に寄ると、その体を支えた。アーサー王の兜からは血があふれ出している。
「……よもや自身の剣で貫かれるとは、到底想像できぬ結末だったな」
「貴方もとても強かった。あの刹那に俺のほほを貴方の剣が掠めた。俺じゃあ到底達することのできない技量だ。尊敬するよ」
藤次の左頬には真っ直ぐな切り傷ができていた。だが血は滲んでいなかった。
「……そうか。余が剣はいまだ健在であったか」
アーサー王は息も絶え絶えにそう言った。
「ああ、本当に強かった。だが、罪のない人々を殺害したのは看過できない。だから惜しんでも助けはしない」
「それがふさわしいだろう。敗北した王に治められる国など存在しない。余はそれを良く知っている」
「……アーサー王、そろそろ頃合いだ。最後に言い残すことはあるか?」
「…そうだな。やはり、この体になっても孤独は辛いものだな。それに、余が臣下をあのように使っては咎められもしよう。まずは地獄で詫びねばなるまいて」
アーサー王の体は次第に光の粒子となってさらさらと消えて始めた。その束の間、アーサー王は言った。
「網代藤次、先程の剣、良い太刀筋だった。貴様もまた、騎士なのだな……」
その言葉を最後に、アーサー王の体は完全に消え去った。
「よい魔術だったぞ、網代藤次」
スティンガーが藤次の肩を叩いた。
「……あの時、大佐が血の入った容器を渡してくれたから倒せました。ありがとうございます」
「謝辞はいい。私はただ借りを返しただけだ。それよりも場の撤収を急ぐぞ。もう日も落ち始めている」
すでに空に立ち込めていた暗雲は晴れ、淡い夕焼けが一面を染めていた。
「そうですね……俺も無茶をしましたから」
「どうした。なぜ浮かない顔をしている」
「その…あのゴーストは、いやアーサー王は、これまでのどのゴーストとも違っていました。魔力容量も魔術もけた違いで。それに、死に際に呪詛を吐かなかったのは彼が初めてなんです。それがなんというか、不思議な感情で……」
「じきに慣れる。それは悪霊祓いが一度は通る道だ。死してなお生者の誇りを持つ霊は稀にいる」
「大佐も同じ経験を?」
「……少しな。まあどれも未熟だった頃のことだったが」
スティンガーは防刃ベストのポケットから煙草を取り出すと火を付けた。
「まあご苦労だった、網代藤次。俺はお前の腕を認めるよ。あのアーサー王に剣で勝つなんて思わなかった」
「随分体を痛めましたけどね。明日には全身筋肉痛で動けないですよ」
「いつ帰国する?」
「今日中には帰ります。長居しても仕様が無いですから」
「ではそれまでに組合に口を聞いておこう。まだお前の捕縛命令は出たままだからな」
「感謝します」
「ああ、だが忘れるなよ。お前は俺の部下をホテルの最上階から吹き飛ばしているし、それに軽犯罪も多数だ。それらはこの際不問とするが、今後はくれぐれも自重しろ」
「反省します……」
「では撤収だ。お前も手伝え」
藤次はスティンガーに連れられて、ボロボロになっている宮殿前のテントに向かった。すでに藤次が助けた隊員たちが機材を片しており、退避していた補助部隊も次々と集結していた。さらにイギリス軍まで到着しており、これはスティンガーの話によると保険の保険とのことだった。おそらくは近隣住民の避難用である。
「それにしてもお前、よくもここまで魔力防壁をぼろぼろにしたな」
スティンガーは端末を見ながら藤次に呼びかけた。2人は車両の荷台に腰かけていた。藤次が端末のディスプレイを見ると、穴だらけの直方体のようなものが3Dで映っていた。
「これって……」
「防壁を可視化したものだ。この無数の穴がお前とアーサー王が開けた穴だな。特別大きな穴はエクスカリバーの跡だろう。超高濃度の魔力を纏った剣は最大出力の防壁を貫通するらしい」
スティンガーは改良が必要だとため息をついた。
「すみません。そこまで気にする余裕がなかったんです」
「もし防壁が破られれば近隣住民への被害は甚大だっただろうな。まあこれは我々の技術力の問題だ。落ち度は我らにある」
その時、一人の隊員が藤次たちの元に駆け寄ってきた。
「大佐、少し宜しいでしょうか」
「構わん、そこで話せ」
「それが、本事案の関係者と名乗る女性が敷地外に居りまして……」
それに藤次たちはそれぞれ反応を見せた。
「まさか!かなり遠くに運んだのに……」
「はあ、今度はあちらから来たのか。ジーク、通行を許可してやれ」
「は、了解しました」
ジークと呼ばれた隊員はすぐに森の方へと向かった。
「どんな手を使ったのやら……」
「まあいいんじゃないか?会いに行く手間が省けただろう」
「まあそうですが……」
藤次はなんとなく緊張していた。スティンガーに気づかれないようにさっと髪の毛を確認する。が、
「思春期か、お前は」
どうやらバレていたようだ。まだ略式詠唱を解いていないのだろう。
それから数分して、不意に声が聞こえた。
「トージ!」
そう叫ぶ声は周囲の注目を集めながらこちらへと向かってくる。
「トージ!いるなら返事して!」
やがて周りの視線が藤次に集まる。藤次は耳が赤くなるのを感じながらはあと深く息を吐いた。そして車両の荷台から降りると、その声のする方に答えた。
「もっと奥の車列だ!正門の近くじゃない!」
すると先ほどの声はピタリと止まり、やがて灰色の軍用車両の間から綺麗なブロンドの髪が見えた。そして見知った顔が現れた。彼女は藤次を見つけるや否や表情を明るくして駆け寄ってきた。
「トージ!やっと見つけた!」
「何回俺の名前を呼ぶんだ、君は。もう少し周りの目を……」
藤次が駆け寄る彼女に向かってそう言おうとした瞬間、彼女はそのままに勢いで藤次に抱き着いた。そして藤次の顔を見上げて言った。
「もう、遠かったんだから。裏道を使わなかったら日が暮れてたわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます