騎士の誇り

その声の主はスティンガーだった。藤次はデュランダルを具現化した際に、スティンガーにもそれを間接的に渡しており、スティンガーはそれに応えて頃合いを見計らっていたのだ。


「部下の敵だ!ここでくたばりやがれ!」


 スティンガーはなおも深くデュランダルをアーサー王の体に突き刺した。その切っ先は心臓を貫いており、アーサー王の甲冑から血が零れた。


「貴様、よくも騎士の背を穿ったな!」


 アーサー王は体に突き刺さるデュランダルの柄を掴むと、それを握りつぶした。そしてそのまま体から引き抜くと、スティンガーの方を向いた。


「やはりとどめを刺しておくべきだったか……!」


 それにスティンガーはニヤリと笑って答える。


「なあ騎士王、棒切れでもアンタを倒せると思うか?」


「まだ愚弄するか!」


 アーサー王の剣は鋭くスティンガーの胴を薙いだが、それをスティンガーは間一髪で避けた。さらに、


「トージ!これを使え!」


 スティンガーは腰の小さな容器を藤次に投げて渡した。それは血だった。


「よそ見などと!」


 その直後、スティンガーはアーサー王の突きを食らって丘の下に吹き飛んだ。それを受け止めたデュランダルの柄は粉々に砕け散っている。アーサー王はそれをよそに藤次を見た。


「貴様、奴になにを渡された」


 藤次の手には血の入った容器が握られている。藤次にはそれが何の血なのかが分かっていなかった。だがアーサー王はすぐに気づいた。


「……中身は血だな?それもマーリンの子孫の娘のものだ」


「マーリンの子孫だって?つまりは……」


(レインか!)


 藤次は思わずふっと笑った。


「……何を笑っているのだ、魔術師」


「いや、俺はとことん運がいいな、って。正直、まさかこれほど上手くいくとは思ってなかったよ」


 藤次は容器のふたを開けた。


「待て、なにをしようとしている」


 アーサー王の制止も聞かず、藤次は中の血を地面に垂らした。すると藤次の体にみるみると魔力が集まってきた。


「騎士王、貴方は言ったな。この魔術はマーリンかその血縁者でなければ使いこなせないと。だが、触媒を変えれば使えるらしい」


 アーサー王はよろめいてその場に跪いていた。


「ぬう、余の魔力が吸い取られていく……!」


「さて、形勢逆転させてもらおうか」


(この魔力量なら、出来る!)


『部位指定解除 出力循環15000 ブースト・オン』


 藤次が詠唱した途端、藤次の体に膨大な魔力が流れ込んできた。そして急激な身体強化によって、体中に激痛が走った。


「ま、まだまだ!」


 藤次は懐から本を取り出した。それはテントから拝借してきたアーサー王物語の原本だった。


「アーサー王よ、貴方の剣、俺が使わせてもらおうか!」


 藤次は本を開くとそれを地面に置いた。


「貴様、もしや!」


 アーサー王は藤次に切りかかろうとしたが、魔術のせいで思うように体が動かない。藤次はアーサー王が十分に離れているのを見てから詠唱を始めた。


(詠唱の終わるギリギリまでこの領域を維持する!)


『彼の地に降り立つは大いなる神性 往きて四方は導かれ、刻む時は停滞せん


 その誓約に従い 聖なる光は言の葉に満ち足りて清き力となり此処に顕現せよ 


 清書光臨』


 その瞬間、本から眩い光が放たれ、その光は次第に収束して空に伸びた。その一筋の光は厚い雲を突き抜けて、丘から平坦に戻った芝生を雲に空いた隙間からこぼれ出た日光が照らした。雨に濡れた芝生は、きらきらと水滴が輝いていた。だが、以前として光の束はその状態を維持し続けている。藤次はすぐにその状況を察した。


(二重に詠唱しなければ使えないのか)


「殺してやるぞ、魔術師!」


 アーサー王が藤次に突っ込んできた。それに藤次は落ち着いて二度目の詠唱を開始した。


『これを勝る武威は無く これを劣るはその全て 

 

 天をも抉る力の渦 


 開闢せよ


 エクスカリバー』


 その瞬間、光の束は解き放たれ、周囲を影のできないほどに照らした。そして光の収まった後には、一本の剣が本の間に突き刺さっていた。


「それは、まさか本物か?」


 アーサー王の問いに藤次は答えず、ただその柄を握って引き抜いた。それは壮麗な金の装飾があしらわれた、正真正銘のエクスカリバーだった。


「これが、エクスカリバー……」


 藤次は思わず剣の美しさに魅入った。ただ持っているだけで力が溢れてくるような、そんな感覚がした。


「魔術師よ、聞こえるか」


 不意にアーサー王の声がした。その声は先ほどと比べて恐ろしく冷静だった。


「アーサー王……」


「それはまさしく本物の聖剣エクスカリバーだ。余の模倣品とは威力も魔術的な神秘性も全く違う。さらに貴様は魔術によって膂力と経験がけた違いに上がっている。つまり余と互角かそれ以上。であれば不躾な切り合いではふさわしくない」


「……何が言いたいんだ」


「決闘よ。余が正式に貴様に決闘を申し込む。立会人はそこな魔術師でいいだろう」


 アーサー王はなんとか起き上がりつつあるスティンガーを見て言った。


(決闘、騎士の果たし合い。それに勝てばアーサー王はほぼ確実に祓えるか……)


「……了解した。勝敗はどちらかの死によって決まるのか?」


「無論だ」


 藤次が大通りに佇むアーサー王のもとに歩いていこうとすると、近くに歩いてきていたスティンガーがそれを制止した。


「おい、網代藤次。お前は依頼の確実な達成よりも悪霊の時間稼ぎを受け入れるのか?」


「時間稼ぎではないでしょう。それに彼の場合は騎士の誇りをかけているんだ。それは貴方も分かるはずだ」


「チッ、いけすかねえ野郎だぜ。いいか網代藤次、必ず勝てよ」


「無論です」


 そしてバッキンガム宮殿前広場にて、藤次とアーサー王は相対した。


「先に名乗らせてもらう。俺は悪霊祓い、網代藤次だ。加減をするつもりはない。全力で行かせてもらう」


「余はブリテンの王にして円卓の騎士の長、そして騎士の王、アーサー・ペンドラゴンなり。己が死力を尽くして挑むことを誓おう」


 スティンガーはその間に立って両者の立会人となった。


「では両人、武器を構えろ」


 藤次とアーサー王は互いにエクスカリバーを構えた。その途端に空気が重く張り詰めた。スティンガーはふー、と息を吐くと今度は大きく息を吸った。そして、


「……始め!」


 ほんの一瞬だった。瞬きする間もなく互いの剣は互いに繰り出され、激しい斬り合いとなった。激しい火花が散る中で、遂にその片方の剣が相手を深く貫いた。2つの剣は自身の放つ輝きによって、一筋の残像を残していた。やがて静寂の中から一つの声が聞こえた。

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