魔術と剣
「……あの世でするがいい」
レインは突きつけられた切先を見てぎゅっと目を閉じた。
(誰か助けて!)
その時だった。
「レイン!」
そう叫ぶ声と共に、にわかに外が明るくなり、テントがバタバタとはためいた。やがてテントは吹き飛ばされ、レインの後ろには一匹の巨大なドラゴンが佇んでいた。その口には鮮やかに燃え盛る火球が見えていた。そしてドラゴンの背から1人の男がレインの元に降り立った。その男は、およそドラゴンには似つかわしく無い黒いロングコートを来た日本人だった。
「ごめん、遅くなった」
彼は申し訳なさそうにレインを見た。その途端にレインは表情を崩した。
「もう、遅いわよ……トージ」
「一度安全な場所に君を移す。ついてきてくれ」
「おい、貴様は……」
アーサー王は剣を向けたが藤次はそれには怯まなかった。
「貴方は後だ。丘に戻っていてくれ」
藤次は腰の抜けて立てないレインを抱き抱えると、横に置いてある原本を懐にしまった。前方から剣が数本飛んで来たが、それらはドラゴンの放った火球によって焼き払われた。藤次はレインをその背に乗せて飛び立たせた。
「さて、まずい状況だな、これは」
藤次はひとっ飛びに丘の上に降り立った。その下にはアーサー王がすでに控えていた。
「お初にお目にかかる。貴方はアーサー王だな?」
「……貴様、この泥の上で死に晒す覚悟は出来ているだろうな」
「そう怒らず。俺は俺の務めをしたまでだ。それにしても、随分強いのですね、貴方は」
藤次は目の前に倒れるスティンガーを見て言った。どうやら死んではいないようだが、瀕死の重体だ。藤次はポケットから紙を取り出した。
『時は満ちてなお満たされぬ 流れるままに委ねるのみ
しかして時の潮流はここにあり
藤次がそう詠唱した途端、みるみるうちに荒野が元の大通りに戻り、横たわっていたBCDの隊員たちも傷口や汚れも元通りになった。
「貴様、余の邪魔だけでは飽き足らず、余が魔術をも無に帰すか!」
激怒したアーサー王が剣を飛ばそうとしたとき、藤次はスマホのような端末を取り出した。
『生体承認、コードWASD-2 重力隔壁アンチヴェール展開』
藤次が本に向かってそう言った途端、アーサー王の放った剣は引き寄せられるように、ことごとく地面に叩きつけられた。
「……なるほど。貴様の魔術、相当の一物と見える」
アーサー王はその時初めて、自ら藤次たちに向かってきた。それを見て藤次はすぐに別の本を取り出した。それは先ほどの本と比べ物にならないほどボロボロの状態だった。藤次はすぐに詠唱を開始した。
『輝く星はすでに落ち 12の言霊は塵と消えた
其もまたたく星がごとく 忠義の心は不滅なり
故に今、興せローマが黄金を
示せ騎士の王道を
輝く栄光は永遠に続かん
詠唱が終わると藤次の手には一本の槍が握られていた。
「騎士王、貴方の剣は全て封じた。それなのになぜ向かってくるのです。丸腰の貴方に勝機はありません」
「見当違いも甚だしい。余はただ貴様の実力を鑑みただけのこと。それに、余の剣はただ一つよ」
そう言った途端、アーサー王に集結する魔力がかつてないほど上昇した。さらにアーサー王の甲冑が眩い光に包まれた。
(まだ手札が残っていたのか!)
藤次は咄嗟にデュランダルを構えた。
「恐れずともよい!今より貴様が目にするは、余の聖剣にして至高の剣、エクスカリバーなのだから!」
すると甲冑が放っていた光は一条の光線に収束し、剣の形となってアーサー王の右の手に握られた。
「それが……本物のエクスカリバーか?」
藤次はその光の剣を見て思わず言った。
「少し違う。彼の剣は余が死する時に泉の精へと還した。これは余が模造した全盛の頃の聖剣よ」
「つまりはレプリカか」
「しかして侮るなよ?この剣は余が魔力を尽くして成した巨大な力の塊。掠めるだけでも死に至ろう」
「当たらなければいいことだ。いくぞ騎士王!」
「来い、魔術師!余が手によって斃れるがいい!」
藤次はデュランダルを片手に持つと、構えるアーサー王に突貫した。
藤次はアーサー王の間合いギリギリまで接近するとその場で制止し、そのままの勢いで片手に持ったデュランダルをアーサー王の胸に突き出した。すると、風を切る音と共にアーサー王は藤次の視界から掻き消えた。それを藤次は瞬時に理解した。
(後ろか!)
藤次の予想通り、アーサー王は目にもとまらぬ速さで藤次の後ろに回り込み、その光の剣を藤次の脳天に振り下ろしていた。藤次はそれを避けるようにしゃがみこむと、振り向きざまにデュランダルの柄でその攻撃をガードした。
「亡霊であれば殺れると思ったが、やはり通らぬか」
アーサー王は一旦距離を取った。藤次もすぐに立ち上がってアーサー王に対峙したが、藤次の腕はすでに震えていた。
(想像する何十倍もの重さだった……略式詠唱もなしにどうやって……)
「アーサー王、先ほどの一撃、余りに重かった。貴方はどうやってその膂力を得た」
「魔術に決まっている」
「だが貴方は身体強化術は使えないのでは……」
「そのようなものは使っていない。そもそも余の魔術、亡き円卓の神聖剣ナイツオブラウンズは円卓の騎士12人の剣と力を引き出すというもの。つまり余はこの魔術を使う限り、円卓の英傑12人分の力と経験を得ることになるのだ」
(つまり、それに対抗するには略式詠唱の出力を相当に上げなくてはならないということか。それで使える魔力のリソースが限られてしまう。恐らくはデュランダルを維持できなくなるほどには……)
「魔術師よ。貴様の魔力許容量は凄まじい。だが肝心の経験が足りぬ。力ばかり付けても、鍛え抜かれた一個の技には勝てんぞ」
「なるほど、俺の魔力容量がギリギリなのを気づいていたのか。だがな、アーサー王。騎士の貴方には分からないかもしれないが、魔術というのは憎たらしいくらいに可能性で出来ているんだ。魔術師に出来ないことは、無い」
(こうなれば全部乗せだ。なんとか詠唱する隙を作る!)
『データ指定 定着閾値およそ140 出力開始』
その瞬間藤次の頭の中に大量の情報が流れてきた。それはありとあらゆる剣術の記録だった。アーサー王はそれに感づいてかすぐさま藤次に切りかかった。が、それを藤次はぎりぎりでしのいだ。
(まだ膂力が足りない)
藤次は次の魔術を展開しようとしたが、アーサー王の激しい連撃によってその余裕がない。次第に藤次は大通りの奥に押しやられていき、芝生の上に降り立った。するとアーサー王の攻撃が一瞬止まった。雨で濡れた芝生は滑りやすく、それに足を取られそうになったアーサー王は、思わず攻撃の手を緩めたのだ。そして藤次はその隙を見逃さなかった。藤次は略式詠唱によって詠唱のスピードを上げた。
『繰り返すは古の鉄血 ただ回天の意志がごとく
藤次がそう唱えた瞬間、大地が揺れて流動しはじめた。そして一面の芝生は隆起して丘となり、そこに両者は相対した。
「この魔術……貴様、どこでこれを覚えた」
アーサー王はすぐに藤次に切り掛かりはせず、ただそう尋ねた。
「図書館の禁書庫に置いてあった本に記されていた、エーリア家に代々伝わる伝統魔術だ」
「それはマーリンの使う魔術だ。それにこの丘、貴様の行いは余と余の師への侮辱に他ならない」
「丘……カムランのことか。確かに多少イメージはしたが、俺は別に貴方の過去を汚したいわけじゃない。ただ受けた依頼を遂行するための合理的選択だ」
「それで槍まで失ったと?貴様、いますぐに殺されたいようだな」
確かに藤次の手からデュランダルは失われていた。それは藤次が自身の魔術を解いてまでこの伝統魔術を使ったからに他ならない。それはアーサー王も気づいていた。
(この魔術で奴は槍を失った。それに……)
「いいか魔術師。死の危険を負ってまでこの魔術を展開したことは多分の賞賛に値する。だが、この魔術がどのようなものなのかを貴様は知っているのか?」
「……この領域の中にいるものの魔力を奪い、使用者に蓄積する」
「それはマーリンが使えばの話だ。何の血縁も無い貴様にこの効能は表れん。さらにこの領域内では、エクスカリバーの威力が飛躍的に向上する。余が師はそのように構築したのだ」
「……」
「無知は罪よな。場を有利に整えようとした結果、それが実は真逆であるとは。このことを知っていればこんなことにはならなかったのだ」
「……まだ略式詠唱は解けていない。クールダウンが終わり次第、この魔術を解けばいい」
「それまで保つのか?魔術師」
アーサー王はエクスカリバーを構えると、藤次を見据えた。藤次はそれに反応することは無かった。
(一か八かだったが、結局ハズレか。この状況を打破するには俺1人では不可能だろう。そう、俺一人では…)
その時だった。
「アーサー王!」
不意にそう叫ぶ声が聞こえると、なんとアーサー王の胸から槍の先が突き出た。
「な、油断した……!」
その声の主はスティンガーだった。
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