円卓と王
(今度は何をするつもりだと言うのだ、アーサー王よ……)
アーサー王は剣を従えると、その場にただ立ち尽くした。そして、
『時は過ぎ去り今は遠く その誉れは腐り果てた
しかして剣は時を越す
其を振るうは不朽の騎士 久遠の理想を成す光明
姿を顕せ
その詠唱と共になんと地面が傾き始めた。
「な、これは!」
地面はさらに傾き、そして盛り上がって行った。空は曇りから一変して雨が降り始め、舗装された地面は次第にぬかるんだ泥の荒野へと姿を変えた。周囲の景色も段々と変化し、やがて宮殿前の大通り一帯は果てしなく続く荒野と、そこにそびえる小高い丘に姿が変化した。
「一体何をした、アーサー王!」
「魔術に決まっている。ただ戦いに相応しい場を整えたのだ。そう、カムランの丘にな」
「カムラン……まさか、この丘がそうだと言うのか?」
「そうだ。ここは余の因縁の地。その鉄剣でもって余は頭蓋を砕かれた」
「まさか、その再現でもするつもりか?」
「それは気休めにしかならんよ。余がしたいのは聖剣クラレントと、騎士モルドレットを追悼することだけ。今や炎にまみれて使役されるクラレントを余は見たく無い。それはモルドレットと言えど同じことだろうて」
「そうか。では最後に聞く。お前は本物のアーサー・ペンドラゴンなのか?」
「ふっ、それが最後の問いか。では答えよう。然り!余こそがかのウーサー王が嫡子にして緋竜の御子!そしてブリテンを統べる円卓の長。アーサー・ペンドラゴンなり!」
またもやアーサー王の体から大量の魔力があふれ出した。
(緋竜……そうか、確かアーサー王はドラゴンの血が混ざっているのか。そしてこの魔力量はドラゴン譲りというわけだな)
全く相手が悪い。スティンガーは自身の不運を呪った。
「……そうか。まさかこの目でその姿を見れるとは思わなかった。もし次があるならば、その時は剣を構えたくは無いものだ」
(俺の人生もずいぶん奇抜なもんだな。まさか騎士王の亡霊と殺し合うことになるとは)
スティンガーたちはまたクラレントを構えると、丘の上に立つアーサー王を睨み据えた。
「いいかお前たち。恐らくこれは暫定詠唱だ。あの剣の魔術を強化するために、敢えて中途半端にした補佐魔術。だからこそ二重に近い詠唱が出来る」
「つまり我々には時間稼ぎが限界、ということですね?」
後ろに控える隊員が言葉を継ぐ。その声は微かに震えていた。スティンガーはそれに答える。
「……そうだ。だが決して悲観はするなよ。どんなに高名な英雄であろうと、その根本は同じ人間。怯まず勇敢に挑め。弱気は何の役にもたたん。いいな」
「了解!」
「では散開して取り囲め。一斉に切り掛かるぞ」
スティンガーたちは降りしきる雨の中、その炎を一向に絶やさないクラレントを握りしめて走り出せる大勢をとった。後は合図だけだ。
「……今!」
その瞬間、部隊は迅速に散開して両翼に展開した。スティンガーは真正面からアーサー王に切り掛かる。
「そうだ、この景色だ。貴様は余の過ちそのものであったのか」
アーサー王は剣を一気に飛ばしながら、一本だけを手元に残した。そしてその剣でスティンガーの一撃を受け止めた。
「まだ剣を握らないのか、貴方は!」
「余の剣はただ一つと決まっている」
「舐めやがって!」
スティンガーはさらに強くクラレントを握り締めると、激しく斬り合った。だがゴーストに疲労の概念はほぼ無い。それはアーサー王も例外では無かった。
「……どうした。動きが鈍いぞ。もう疲れ果てたのか?」
スティンガーは段々と略式詠唱の疲労が見え始めていた。さらに雨によってぬかるんだ斜面では思うように力がこめられない。
「クソ……!」
「……そろそろ終わりにするか。見よ、背後の光景を」
スティンガーは距離を取らされると、言われるままに後ろを振り返った。するとそこには隊員たちが倒れていた。
「ま、まさか!」
「貴様らの身体強化とやらで死には至っていないようだが、暫くは枯葉も握れんだろうな」
回復には丸一か月はかかるのだろう。
「……俺の詰み、か」
「そうだ。お前も大人しく殺されよ」
スティンガーはクラレントを手放した。すでに炎は掻き消え、泥にまみれている。そしてスティンガーの周囲には9本の剣が取り囲んでいた。スティンガーはアーサー王の前に両膝をつくと、走馬灯のように記憶があふれだしてきた。
(死にかけることはあった。子供の時、孤児だった俺は空腹と暴力に幾度となく晒された。そこで神に出会った。偶然、魔術の才が会ったからBCDに入って仲間と出会った。信心深い同僚に優秀な部下。俺はよほどの幸運だったんだろうな。それも今日で完全に尽きた。この空間の中で彼に勝てる魔術師は存在しない。ただの1人も……)
「回顧は済んだか、魔術師よ」
「……ああ、せめて惨たらしく殺してくれ」
「では串刺しになるがいい」
アーサー王は手元の剣をスティンガーに向けた。
(あの世で皆に詫びなければな)
次の瞬間、スティンガーの心臓を剣が貫いた。そしてアーサー王は剣をゆっくりと引き抜くと、傷口と口から血が溢れ、力を失ったスティンガーの体は丘の斜面に倒れた。
「……そう長くはないな。ではあそこに向かうか」
アーサー王は斜面をゆっくりと下り始めた。
そのころレインはテントに1人でいた。つい先ほど護衛の隊員たちが血相を変えて外に出て行ったのである。
「はあ、この椅子どうにかならないのかしら。もう足腰が痺れてきたし、これじゃあ満足に歩けないわ」
レインは椅子から立ち上がると、体をほぐして隣に置いてある原本を見た。どうやら物語の最後、カムランの戦いの最終局面のページだった。
「さっきの詠唱、クラレントなんとかって言ってたし、やっぱりこの場面が元になってるんだ」
(トージもこんな風に使ってたのかな)
レインはそう思うと、原本に触れようとした。その瞬間、
「そこにいるのか?マーリンよ」
テントの外から声が聞こえた。それは背筋の凍るような、聞き覚えのある声だった。レインは振り向きざまに尋ねた。
「……まさかあなた、ゴースト?」
「ゴーストだと?余はアーサー・ペンドラゴンだ。貴殿は大魔術師マーリンの子孫で相違ないか?」
「アーサー王!?冗談でしょ?」
(スティンガーはガウェインだって……まさか!)
「誤算だったってわけね」
「答えよ、貴殿はマーリンの……」
「ええ、そうよ。私はマーリンの子孫。それよりも貴方、スティンガーたちをどうしたの」
「スティンガー……さきの魔術師たちか。あれは余に不敬を働いた故、余が討ち取った」
(やっぱり殺されてたんだ…)
「………」
「どうされた、マーリンの子よ」
「ショックだっただけ。人が死ぬのは慣れないの」
「そうか。その割に気丈よな。妻を思い出す」
「あなた、私をどうする気なの」
「殺す」
アーサー王は極めて簡潔に答えた。それゆえに意思は強いように思えた。
「……!それはなぜ?」
思わずレインの声が震える。
「余が師はマーリンただ1人。その子孫と言えど、持ちうるものは気配ほどと見える。それに余は意義を感じぬ。よって殺す」
「そんな……」
レインは後退りした。自身の死を感じ取ってレインの脳内には父親が死んだ時の記憶が溢れ出していた。レインはどうしようもなく怖気付いたのだ。
(まだ、やりたい事も数え切れないほどあるのに。私ここで死んじゃうの?)
不意にバサリと音がしてテントの布が切り裂かれた。そこには雨が滴った甲冑の騎士が立っていた。その後ろになぜか大通りでは無く、広大な荒野が見える。
「そう後ずさるな。なにも痛みをもって命を奪うつもりはない。せめて気付かぬうちにでも……」
「……まだ死にたくない」
レインはテントの壁に背中をピタリとつけながら震える声で言った。
「なに?」
「まだ死にたくない!だって、だって私……」
レインの目に涙が溢れ出た。アーサー王は剣を向けつつも、黙ってそれを聞いている。
「まだお母様にも、アイツにだって気持ちを伝えられてないのに……!」
アーサー王は側に控えていたガラディーンをレインに向けた。そして冷酷に言い放った。
「……あの世でするがいい」
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