2人の過去

「はあ、どうも調子が狂うな。視たところBCDの連中も来ていないみたいだし、さっさと寝るか」


 藤次はコートを脱ぐと、電気も付けずにベッドにどさっと横になった。これが中々の寝心地で、藤次は疲れを癒すようにゆっくりと目を閉じた。が、ドアの開く音がした。そしてリビングの明かりと共に、レインが部屋に入ってきた。今度はパジャマを着ている。


「……おいおい、勘弁してくれよ」


「別にいいじゃない。興味が湧いちゃったのよ」


 レインはそういいながらベッドに腰かけた。レインの重みでベッドが軋んだ。薄暗闇のなか、レインは口を開いた。


「ねえ、トージ。貴方がそこまで老けて見える理由はなに?」


「……遺伝じゃないか?」


「適当言わないで。私が言いたいのは、なんでトージはその年齢で達観しているのかってこと。会ったときからずっとそうだったけど、私に対しても、自分に対しても、どこかドライだった。いや、ドライというより、距離を置いているって言った方がいいのかも。とにかく貴方のその立ち居振る舞いは20年を普通に生きて得られるものじゃないの。私はこれまで色んな大人を見てきたから分かる」


「……どれも君の憶測だよ。俺の人生に別段変わった所はない」


「ほら、今も。私の発言を妄想だって切り捨てずに、含みを持たせた言い方に変えてる。貴方はいつも言葉を選んでる。相手を気遣う言葉を選択し続けてる」


「それは決めつけだ。妄想と言ってもいい」


「そうね。これじゃあ根拠がないもの。でももう一つ、とても言いにくいんだけどもしかして貴方、身近な大切な人、例えば父親か母親のどちらかを亡くしていない?」


 それに藤次は一瞬固まった。レインはその機微を見逃さなかった。


「……やっぱりそうなのね」


「いい加減にしてくれ。君の話は全て勝手で独りよがりで、根拠の無い妄言だ。それ以上でもそれ以下でもない」


「貴方はどちらを亡くされたの?」


 レインはなおも続ける。


「だから……」


「私はお父様」


「………」


「私が5歳の時に、事故で。それも私が道に飛び出したからで、お父様は私を庇って死んだ。その意味が理解できるようになってから私は毎日自分を責め続けた。そんなことをしてもお父様は帰ってこないのに」


「…………」


「お父様は根っからの善人だったわ。私と同じで魔術はからっきしだったけど、それでもみんなから好かれてた。幼いころの私はそれを見て憧れた。私もお父様のようになりたいって。まだまだ遠く及ばないけどね」


 レインの話を聞いて、藤次は思わず口を開いた。


「………俺は、同じだ。父さんを失くした」


「いつ?」


「5年前だ。俺が魔術に目覚めて、初めて自分の魔術を使った日。その日に父さんは死んだ。俺の魔術のせいで。俺も君の様に後悔した。自分を呪ったし、周囲を呪った。魔術師という存在も呪った」


「…トージが組合に入らないのもそれが理由ね」


「ああ、自分でも無意味な行為だとは分かっているんだ。それでも俺は、どこかで普通に戻りたいと思ってる。本当に無駄なあがきだよ」


「それでも続けるんでしょ?」


「そうだね。この世に悪霊がいる限り、俺はこの仕事を辞めない。やめられない」


「やっぱり貴方は優しい人。お父様とおんなじに、人を助けずにはいられない。私や他人を遠ざけるのも、トージの優しさなのね。お詫びするわ、トージ。さっきはごめんなさい。私、思い違いをしていたみたい」


「何も謝ることなんかない。俺の言い方が悪かったんだ。俺が未熟だったから」


「貴方はもう充分立派よ?私といて途中でうんざりしなかったのはトージが始めて」


「別に気にならなかったよ。マイペースは別に悪いことじゃ無い。それが君なら、俺は肯定こそすれ否定はしない」


「貴方のそういうところ、好きよ」


「……やっぱり君といると調子が狂うよ。もう用は済んだだろ。俺をいい加減寝かせてくれ」


「はいはい。おやすみ、トージ」


「……おやすみ」


 レインが部屋を出ていくと、藤次は暗闇の中で寝返りを打った。ベッドの端には先ほどまでレインが座っていたへこみが残っていた。


(こんな時に、俺は何を緊張しているんだ。それに父さんのことまで……)


 藤次は止まない胸の鼓動を隠すように体を曲げると、ぎゅっと目を瞑って寝た。


 そしてドアの向こうでは、レインが背中をドアにぴたりと付けて、その場から動けないでいた。先ほどの行動を思い出しては、恥ずかしくて死にそうだった。


(私、もしかしてとんでもないことしちゃった?最初は文句の一つでも言ってやるつもりだったのに。でも、あんな寂しそうな顔してたらそんなこと言えないじゃない。それにお父様のことまで話しちゃって)


 レインはずるずるとその場にしゃがむと、腕で足を抱えて、顔をうずめた。ひざのあたりに火照った顔の温度が伝わってくる。


(どうかしてたわ。トージも同じ境遇だったなんて、それで私嬉しくなっちゃったのよ。まさかこの気持ちを共有できるひとがいるなんて、男の人では初めてだったから……それに、私あんなことまで)


 本当にどうかしてる。レインはしばらく湧き上がる感情を整理しきれずに、その場に固まってしまった。




 次の日、2人はどこかよそよそしい雰囲気の中、リビングで顔を合わせた。


「……おはよう」


「えーと、昨日はその……いや、なんでもない。おはよう」


 そのまま向かい合ってソファーに座ると、レインの入れてくれた紅茶を飲んだ。


「…美味い」


「でしょ?家で延々と練習させられたから」


「ああ、毎日飲みたいくらいだよ」


 その時、ガチャリという音がした。藤次がテーブルに目をやると、レインがティーカップを倒していた。幸い中は空だったので、被害は無かった。


「大丈夫か?」


「…トージ、もう少し考えて発言した方がいいと思う」


 少しタイムリー過ぎる。


「なんでだよ。別段おかしいことはいってないだろ?」


「そういうところも。もしかしてトージ、女性経験ないの?」


「一々失礼だな、君は」


「どうなのよ」


 レインがあまりにしつこいので藤次も答えることにした。できれば言いたくなかったのだが。


「……ないよ。そんな余裕なかったんだ」


「そうなの?ふーん、そうなんだ…」


「そうだよ、どうかご自由に馬鹿にしてくれ」


「馬鹿になんかしないわよ。むしろ好まし……いえ、なんでもない。とにかく、さっきみたいな言葉遣いはできれば使わないようにして」


「さっきって、毎日飲みたいくらい…のくだりか?」


「そう。ああいう言葉は、その、私以外には使わないで。いい?」


「構わないが……そんなにおかしいか?」


「はい。もうこの話はおしまいよ。それよりトージ、今日の予定を教えて」


 藤次はまだ納得しかねていたが、とりあえずレインの話に乗ることにした。


「ゴーストの正体があらかた分かった。だが手持ちの本では少し手段が足りない。そこで大英博物館に行く」


「そこで何の本を借りるの?」


「アーサー王物語だ。その原本を手に入れる」


「……国の文化財よ」


「元の場所には返すさ。それに、これ以上の触媒は存在しない」


「じゃあゴーストの正体は一体なに?」


「恐らくは、円卓の一員にして『忠義の騎士』、ガウェインだ」


「ガウェインって、円卓の騎士は実在したの?」


「それは定かではない。だが問題のゴーストは聖剣ガラディーンを使用していた。恐らくゴーストの正体は、ガウェイン本人か、自分のことをガウェインだと強く思っている誰か、だ」


「そういうことなら原本は必要かもね。彼の強さは物語の中でなんども登場しているもの」


「ああ、そうなっている。そう書かれているんだ。だからこちらも、なるべく作中の強さに合わせたい」


「でも肝心の原本はどうやって手に入れるの?警備はとても厳重よ」


「……君の力を借りる」


「私の?」


「エーリア家の名を用いて警備の目を足止めしてもらいたい。俺の具現化した多次元ディスクは転移能力を持っているが、その発動条件は行きたい場所を目視するか、10メートル以内に近づくことなんだ」


「……分かったわ。私やってみる!」


 どこか嬉しそうなレインの様子を見て、藤次は思わず表情を崩した。


「ああ、よろしく頼む」

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