コリンシアホテルにて

「BCD、洗礼十字師団か」


(それにしても早すぎる……)


「そういう貴方はかのトウジ・アジロですね?噂はかねがね」


「挨拶しに来たってわけじゃ無さそうだが。任意同行でもするつもりか?」


「あんなに派手に魔術を行使されてはそうせざるをえない。それに、後ろの女性にも用がある。むしろこちらが本命だ。エーリア家には恩があるのでね」


「あなた、本家のパーティーにいた……!」


「お気づきのようですね。そう、私は洗礼十字師団、師団長オルガン・スティンガー。網代藤次、レイン・エーリア両名を拘束しに参りました」


「スティンガー……イギリス一の術師祓いに目を付けられるとはな」


「網代藤次、君の力は人の理を超えている。それを何の枷もなく使用することを、私は危惧しているんだ」


「俺は別に世界征服をしたいわけじゃない。お金を貰って本が読めればそれでいい」


「信じるとでも?私はな、網代藤次。君は神の下された神罰だと考えている。そしてそれを乗り越えた先にこそ、人類の栄華は待っているんだ。その第一歩が君の捕縛だ」


(これだからキリスト教上がりの魔術師は…)


「…そう言われてすごすごと捕まるわけにはいかないな」


「馬鹿を言え。すでに君たちは包囲されている。おとなしく投降しろ」


 藤次は通りに控えるBCDの隊員たちを魔力で確認するとレインの近くに寄った。そして、


『部位指定 脚部器官』


 略式詠唱を開始した。


「…!この包囲網から逃げる気か!」


 スティンガーはそれに気づいたが、すでに遅かった。


『出力循環 1000』


 藤次は後ろにいたレインを抱きかかえると、その場にしゃがんだ。


『ブースト オン』


 次の瞬間、藤次はすさまじいスピードで地面から上昇していた。地上はみるみるうちに遠く離れていき、ロンドン市街地の夜景が美しく光っていた。


(この速度なら追ってはこれないだろ)


 藤次はどこに降下するか探した。そしてある建物に目を付けた。


「……コリンシアホテルか」


 藤次は懐から先ほどの黒いカードを取り出すと、カードに向かって呼びかけた。


「座標転移、コリンシアホテル」


 そう言うや否や、景色は一変し、確かに地面を踏みしめる感覚が伝わってきた。藤次が立っていたのは、ロンドンの中心に建つ高級ホテル、コリンシアホテルの屋上だった。


「さて、一旦チェックインをしたいのだが、その前に」


 藤次は先ほどから悲鳴の一つも聞こえてこないレインを見た。レインは藤次の腕の中で完全に気絶していた。


(やっぱりな。急に跳んだのが不味かったか)


「おい、もう大丈夫だから。起きろ」


 藤次がレインの頬をつつくと、レインは顔をしかめてうーんと唸りうっすらと目を開けた。


「……死んだの?」


「五体満足、全く持って健康体だ」


「そう……って、貴方ああいうことをするんなら予め言っておきなさいよ!」


「おい!暴れると…」


 藤次の警告むなしく、どさっと音がしてレインは藤次の視界から消えた。


「ッ……!」


 悶絶するレインに藤次はため息をつくと、尻餅をつくレインに手を貸した。


「はあ、やっぱり置いていくべきだったよ」


「ちょっと、何よその言いぐさは!」


「思ったことを言ったまでだ」


「ふん、私がいなきゃ永遠と道に迷っていたくせに」


「君がいなきゃスティンガーたちとは出会わなかった」


「……喧嘩売ってんのね」


「なんだよ、喧嘩腰か?君、お嬢様だろ」


「アンタもそんなこと言うんだ……。なんだ、家の連中と変わらないじゃない」


「なんだって?最後の方が聞き取れなかった」


「ファックユーって言ったのよ。バカ」


「やっぱり連れて行くべきじゃなかったよ」


「うるさい。それよりも、どうやってここから降りるのよ」


「こうする」


 藤次はまた多次元ディスクを取り出すと、


『座標転移、コリンシアホテル正面口』


 次の瞬間、2人はホテルの正面玄関に立っていた。だが周りの人たちは気にも留めない。


「さて、今日俺はここに泊まる。君は家に帰りなさい。タクシーを呼ぶから」


「無理よ」


「……なんだって?」


「私の事がBCDにバレた。エーリア家はBCDと関係が深いからこのことはすぐに報告される。そしたら私は家に帰れない」


 レインは端的にそう報告した。家に帰れば何を言われるか分からないし、藤次にも不都合が及ぶかもしれない、ということだろう。


「では君もここに泊まるのか?」


「ええ、とっても遺憾だけど」


「初めて意見があったな。それじゃあ俺は早速…」


「待ちなさいよ」


「なんだよ、まだ何か?」


「私が部屋を取る」


 レインはカウンターに歩いていくと、受付の女性と一言二言交わすして戻ってきた。


「取れたから、さっさと行くわよ」


「行くって、君と?」


「他に誰がいるのよ。依頼人は守るんでしょ?」


「まさか…」


「そのまさか。だから遺憾だって言ったのよ」


 2人は終始無言のままホテルの最上階、スイートルームの一室に入った。藤次の住むアパートの倍はあろうかという広い部屋は、豪奢でかつ上品な家具や装飾がちりばめられていた。


「すごいな、これは…」


「1番高い部屋だもの。それに内装の趣味がいいから気に入ってるの」


「よく使っているのか?」


「友達と泊まりに来るわ。…ねえ、玄関の前に突っ立ってないで自分の部屋でも見てきたら?私は反対側の部屋を使うから」


「いや、いい。少しやることがある」


「じゃあ私はシャワー浴びてくるから。あ、またBCDを呼ばないでよね」


「魔術は使わない」


 藤次はいかにも高そうなソファーに座ると、テーブルに多次元メモリを置いた。


『再生、48時間前』


 すると藤次の周りにホログラムのようなもやが湧き上がり始め、ついに藤次の目の前に先ほどの小さな広場の様子が映し出された。そして、一人の男が広場の中に駆け込んできた。その男はBCDの戦闘服を着ていた。


(殺されたのはBCDの隊員か。なるほど、スティンガー達の到着が異常に早かった理由はそれだな)


 隊員はかなり追い詰められているらしく、壁際まで後ずさると、入ってきた通路に向かって


「待て!分かった、俺が悪かった!不意打ちをした事は謝る。だから一度見逃してくれ!」


 と叫んだ。すると背筋が凍るような低い声で、


「汝、ブリテンの禍となる者なりや?」


 と通路から聞こえてきた。


(これが例のゴースト、だな)


 隊員はその声に恐怖したように体を震わせ、そして通路に向かって走り出す体勢をとった。そして詠唱を始めた。


『今は遠くの奇蹟をここに 以て七天の加護と成さん


 呼応するは我が血身 光を齎せ カレイド…」


 隊員が詠唱を完了させようとしたその瞬間、


「往け、ガラディーン」


 通路から飛び出してきた一本の剣が、隊員の胸を刺し貫いていた。


(ガラディーンだと?いや、それより今、剣がひとりでに飛んでいった…?)


 隊員はそのまま力なく両膝をつくと、そこに通路から甲冑をきた一人の男が現れた。そして


「汝は罪科をなす悪逆者により、ここに誅することとした。己が行いを悔いて死ぬがよい」


 と隊員に告げると、剣を体から引き抜いた。だが、剣に血はついてはいなかった。そして悲鳴が聞こえた。その声の主は、聞き覚えのある声で言った。


「アンタ、今人を…!」


「汝も此れの同胞か?なれば女性とて加減はできまい」


「何を言って…」


 甲冑を着たゴーストは、先ほどの剣を手に握るとその声のする方へと歩き始めた。そこで映像が切れた。もやが晴れるとそこには、風呂上がりらしきレインがバスローブを纏い、腕を腰に当てて立っていた。藤次はその姿に面食らったが、平然を装った。


「…ずいぶん早い風呂だな」


「悲鳴がしたから急いで来たの。貴方、あの広場の記憶をディスクに記録したのね?」


「そのとおり。それと、言いにくいんだが先ほどの悲鳴は……」


「分かってるわよ、自分の悲鳴くらい。それと、あんまりジロジロ見ないでくれる?」


「あらぬ疑いをかけるなよ。俺は見てない」


「なに焦ってるのよ。そういえば、あなた何歳なの?」


「……20だ」


「20!?そんなに若かったの?てっきり27歳くらいだと思ってた」


「そういう君は何歳なんだよ」


「17歳」


「はあ?俺より全然若いじゃないか。そもそも依頼の電話をかけてきたとき、大学の帰り道にゴーストと遭遇したって…」


「私が17歳だって知ったら引き受けてくれなくなるかもしれないじゃない。それに、17には見えないでしょ?」


 確かにレインの外見に子供っぽさはほぼ無く、その立ち居振る舞いは洗練されているように見えた。


「……まあ、そうだな」


「でしょ?それにしても、見た目に寄らずに子供っぽいところがあると思ったら、まさかハタチだなんてね」


「17歳にそう言われる身にもなってくれよ。もういい、俺は寝る」


 藤次はソファーから立ち上がると、広いリビングを横切って寝室に入ろうとした。


「待ってよ、まだ聞きたいことが…」


「話すことはない。君も今日は寝ろ」


 藤次はドアを閉めた。

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