秋に鳴らす鍵盤

ちかえ

行方不明になった妹

 入るよ、の言葉もなしに、妹の部屋に入ってクローゼットを開ける。そして、中に入っているものを一つずつ見ていった。


 服やカバンはもちろん、昔の教科書、お道具箱、裁縫箱、そして、鍵盤ハーモニカなどなど、小学生や中学生の時に使ったものがしっかりと詰め込まれている。

 図工や美術の教科書はしっかり本棚に並んでいるのに、他の教科のものは年度が変わるや否やさっさとクローゼットの箱の中にしまいこむ所が妹らしい。


 それらを見ていると涙がこみ上げそうになる。それを必死で追いやった。


「麗佳……」


 妹の名をつぶやく。


 部屋には妹の描きかけの絵や、描き上がった作品もそのまま残っていたが、やっぱり小さい頃の自分との思い出の物の方が可愛い妹の事をよく思い出せるのだ。


 今年の五月に妹が行方不明になってもう五ヶ月になる。友達と遊びに行くと言って出て行ったきり、帰ってこなかったのだ。家どころか待ち合わせ場所にも現れなかったらしく、妹の友人から連絡をもらって発覚したのだ。

 警察にまで頼って探し回ったが、未だに妹の手がかりはない。

 口さがない近所の人の一部は、密かに付き合っている人がいて駆け落ちでもしたのだろうと言う。だけど、早希たち家族や、妹の友人はそんな事は思っていない。妹は確実に誘拐されたのだろうと思っている。


 鍵盤ハーモニカを母お手製の布のバッグから取り出す。そうして、蓋を開ける。


 鍵盤に軽く指を走らせる。もちろん妹のなので吹きはしないがそれで十分だ。


 今年はこの鍵盤ハーモニカが鳴らされる事はないのだろう。


 小学校一年の時の妹はあまり鍵盤ハーモニカを上手く吹けなかった。でも秋の学芸会で吹く必要があったので練習はしなければいけない。

 『こんなことやるよりお絵描きしたい』とむくれる妹をなだめつつ、母と一緒に根気よく練習に付き合ったのを今でも覚えている。その頃高学年だった早希は、鍵盤ハーモニカよりリコーダーを吹くことが多くなっていたので、合奏と称して家で一緒に演奏したりした。


 その合奏がお互い楽しかったので、秋になるとどちらからともなく家でプチ合奏をするようになった。これは秋の姉妹の恒例の遊びだった。簡単な曲ばかりだが、それが楽しかった。


 もちろん去年もやった。でも今年はないはずだ。


 それを改めて考えて涙が出てくる。多分誘拐でもされてるから連絡するのは無理なのだろうが、出来れば消息くらいは知りたい。


「早希!」


 ため息を吐いて懐かしい楽器をしまおうとした時、母の声がした。なんだか焦っているように聞こえる。


「どうしたの? お母さん」

「なんか麗佳の名前で手紙が来たの!」


 思いがけない言葉に早希は瞠目する。そして急いで階段を駆け下りた。


***


「人のクローゼット勝手にみーたーなー?」


 数年前の話を聞いた麗佳がふざけた声でそう言った。早希はそれを聞いて笑う。もちろん、妹が怒っていないのが分かるから笑えるのだ。


「ごめんごめん。でもあの頃はさー」

「分かってる。心配かけてごめんね」


 真面目な表情で謝りながら、早希が持ってきた鍵盤ハーモニカをいじっている。


 行方不明になった妹は思いがけない所にいた。確かに誘拐ではあったが、異世界召喚という普通に暮らしていたら物語の中でしか聞かないはずの種類の誘拐をされていた。


 それからいろいろなことがあって、彼女は今は現地の人と結婚している。利害が一致した契約結婚だと言っていたが、彼が妹を大切にしてくれるのがちょっと見ているだけでも分かるので、良かったと安心している。どこにいるにせよ幸せなのが一番だ。


 その義弟のおかげで、早希たちは魔法という力で異世界で妹に再会することが出来たのだ。


 そして時々、こうやって訪問させてもらっている。

 今回は、麗佳が見たいと言ったので小学校時代に使ってた思い出の品を日本から持って来たのだ。


「でも、懐かしいね、鍵盤ハーモニカとか。秋だからまた合奏ごっこもやりたいけど、今は無理かな」


 麗佳がしみじみとつぶやきながら大きなお腹を見ている。そのお腹には彼女の子供がいるのだ。


「どこにでも持ち運べるという点では、これ便利だよね。音楽教育にいいかも。だから小学校でも取り入れられてるんだろうね」


 そんなことを言っている。おまけに『この世界でも作れるかな』なんて考え込んでいる。この世界ではかなりの地位にいる人と結婚したので、妹が命じれば、同じものは作られるだろう。多少豪華にはなるかもしれない。職人さんは大変だ。


「この子が生まれるまであと二ヶ月ってところだから、今から作ったらこの子来年の秋には吹けるかな」

「気がはやいよ! 来年じゃあ一歳にもなってないじゃん。よくわからないままパンパン叩いて終わりだよ」

「じゃあ再来年?」

「だから早いって! いつから教育ママになったの!」


 早希のツッコミに妹が笑う。


 確かに来年再来年は無理だろうが、数年後の秋にはこの世界に懐かしい音色が響くのだろう。


 その時の音色を同時に想像して幸せそうな笑いが二人の口から漏れた。

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秋に鳴らす鍵盤 ちかえ @ChikaeK

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