第四話
あれから、一夜明けた。
僅か十五歳の王子が起こしたという叛乱は、国中を驚かせた。瞬く間に、諸国にアルスノの名が知れ渡った。グレンセラの民は、この
だが、変化の中には、必ず反発する者が現れる。それは、叛乱から数日後のことだった。
夜のグレンセラ城。
静寂を切り裂く喚声。
次の瞬間、覆い被さるように人影が宙を飛んだ。
「お覚悟召されよ――っ!」
声と共に剣を振り上げる男。アルスノは動かない。動かず、その男をじっと見ている。身体に剣が触れる、その寸前。男は凍結されたように静止した。
「があっ……あがっ……あ……」
男は呻いた。焦点の合わなくなった男の目を、アルスノは凝視していた。その首には、短剣が刺さっている。アルスノは勢いよく引き抜き、その男の大きな図体を横に投げ倒した。
「貴様ら、突っ立って何をしている」
その言葉に、我に返った男達は声を上げ、アルスノに襲い掛かる。だが、一瞬だった。一瞬にして男達は断ち切れたように倒れた。
「この戦斧も役立つ時があるのだな」
そう独言し、窓の外を見た。今日は、星がよく見える。
「夜襲とは……。私は、夜間の戦いしか知らないのだから、白昼堂々襲えば良いものを」
アルスノは深い溜息を吐く。
「殿下っ! ご、ご無事ですか……っ、あ、」
臣下は暗中にも、部屋が真っ赤に染まっていることに気が付き、血の気が引いた。
「私は無事だ。この通り」
だが、アルスノは何事もなかったかのように、微かな笑みを口端に浮かべるだけだった。
残っていた刺客を臣下達に託し、アルスノは城の頂部に登った。外に集まった兵団を見下ろす為である。側防塔の胸壁に立ち、広大な夜空を背後に、アルスノは声を上げた。
「――我が名はアルスノ。グレンセラ王国第二王子である!」
兵達は初めて目にする王子の姿に、酷く
「問答無用で私に従えとは言わない。強制はしない。貴様らの自由意志で決めよ。だが、王国軍に残ると言うならば、それ相応の働きを要求する。異存は在るか?」
頬に塗られた赤が月光で一層際立っている。
「異存は在るかと聞いている!」
すると、彼等は一斉にアルスノに向かって跪いた。思わず、身体が勝手に動いたのだ。皆、自らの咄嗟の行動に驚いていた。頭にぐっと何かが伸し掛るような、それだけの威圧感を、今夜のアルスノは纏っていた。
その時、馬詰の音がその場に鳴り響いた。下馬し、一人の青年がアルスノを一心に見上げる。
「大変、遅くなりまして、申し訳ございません。ダムノニア大将の使いの者でございます」
彼は膝を着き、礼を尽くした。
「フィアン・スペンサー中尉であります」
「そうか」
その瞬間、アルスノは塔から飛び上がった。華麗に着地し、スペンサーの傍らに立った。
「……して、ダムノニアは何と?」
スペンサーは毅然と答える。
「『殿下の御身を危うくしたてまつりました事、言語道断、有るまじき行為であり、
「そうか、無用の心配であったようだ。……元帥の裁量に任せる」
アルスノは僅かに微笑んだ。物陰に隠れている者の歯軋りがアルスノの目に入る。アルスノは眼光を強め、遠くを捉えた。
「その方が良いだろう? ──オーガスタス・デイラ!」
オーガスタス・デイラ、この男はグレンセラ王国軍中佐にして、ゴドズィン公爵家の遠縁に当る人物であった。辛うじて叛乱から逃れ、その後、兵達を扇動してアルスノの暗殺を試みたのだ。
「私のような若輩者の手に掛かるのが嫌なのだろう。ゴドズィンもそのような事を申していた。最期にな」
デイラの元に迫っていくアルスノ。
「……貴様、逃げ遂せるとでも思っていたのか?」
胸倉を掴み、激烈な視線を浴びせる。デイラは声もなく震え上がった。
「私はゴドズィンの手の者は総て処すと決めている。お前も例外ではない。二度と日を拝めないと思え」
アルスノの号令が夜に響き渡る。
「この者を捕らえよ!!」
◇
翌日。王城は隅から隅まで整えられ、改めて、城の主となったアルスノの姿があった。
「一段落着いたか。……何だか疲れたな」
「御身をお労りくださいね、殿下」
「ああ、分かっている。貴族の方はどうだ?」
「御陰様で、
「そうか。お前の好きにやれば良い。総て任せる」
「有り難きお言葉、胸に刻みます」
ヘンリーは胸に手を置いた。
「……それと、アングリア」
「何でしょう、殿下」
「もう一つ、頼みたいことがある」
「――弟の、ことなんだが」
アルスノには、ひとりの弟がいた。もっとも、その存在を知ったのは数年前のことだ。
『はじめまして、兄上!』
眩しい笑顔を此方に向ける、弟なる存在。
『……名は?』
そう聞くと、純粋な瞳で返事する。
『ユーウェインです、兄上!』
初めて会った時、ユーウェインは七歳だった。
この子は、俗に言う私生児である。母親は下級身分。何を血迷ったか、アゼルレッドは一夜をその女と共にし、そうして産まれたのがユーウェインだった。ユーウェインは十歳まで実母と暮らしていたが、窮乏していたのだろう。実母はユーウェインを王城に託し、何も語らず何も受け取らず、去ったという。私が知っているのはここまでだ。
ユーウェインの存在は隠されている。
国王に
亜麻色の髪は、まるで慈悲深い天使のよう。瞳は朗らかな青色だった。そして、笑顔が、
――夜闇を歩んできた私には、眩しくて痛い。
◇
「ユーウェインの後見人になってもらいたい」
「後見人……ですか」
ヘンリーは顎を撫でて聞き返した。
「あの子には頼れる人間が、私以外に居ない。だからといって、傍に置くのも、如何なものかと思ってな。危険に晒してしまうかもしれない、そう、思って」
ユーウェイン様を我が家に、なるほど、とヘンリーは思った。
「そういう事でしたら、お任せください。我が家には何人か子どもが居るのです」
「……そう、なのか?」
アルスノはきょとんとした顔でヘンリーを見る。
「ええ。我が家には親戚や縁戚の子どもが何故かいるのですよ。これも全部私の父の趣味なのですが……。皆、ユーウェイン様と同じ年代の子です。ユーウェイン様も、楽しく暮らせることでしょう」
「そう聞いて、安心した。頼んだぞ」
「仰せつかりました、殿下」
叛乱を果たし、反発を収め、名実共にアルスノは王国の頂点に立った。また、正式にヘンリー・アングリアを護国卿に、そして、混乱した軍を整えるため、ロバート・ダムノニアを王国軍元帥に任じた。
若き王子の運命の輪が、今、回り始める。
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