第二章 火蓋を切れ
第五話
アルスノは嘆息した。
「やはり、か」
今朝、隣国であるリウガルト共和国軍の侵攻が確認された。
アゼルレッドの先代、エドガー王の時代から途切れることがないほどに、リウガルトとは長年熾烈な戦闘が続けられている。始まりは些細なことだったのかもしれない。だが、敵で在り続け、殺し合い、その憎悪は何倍にも膨れ上がっていった。長引けば長引くほど、和平を講ずることは困難なものになるのだ。
「遅かれ早かれ、こうなる事は避けられなかったことでしょう」
「……そうだな」
アルスノは溜息を吐き、命令する。
「ダンフォルトに配置した部隊をオーアに回せ」
「御意」
◇
此処はリウガルト共和国。
グレンセラとの国境付近に広がる高原シェーフヒェン。
灰に覆われた戦場の空。黒ずんだ視界の中、いざ決戦の時。寒気と恐怖に少年兵が武器を両手に手足を震わせている。十二、三歳のまだ未熟な子供だ。
右翼側の戦列の後方に、壮年と中年の狭間の容貌で口髭を生やした男が立っている。彼はリウガルト軍の指揮官、名をオイゲン・ブルグラーヴと云う。ブルグラーヴは自軍を見渡し、
――若い。あまりに若すぎる。いくら敵と比べて戦力が劣っているとはいえ、尻の
何故子供が居るのかと部下に問うと、議長方の意向で入隊年齢が引き下げられたのだと言った。何と、人員不足をその場しのぎの徴兵で補えるとのお考えのようだ。全く呆れたことだ。数を
「子守りなんぞ俺の性分に合わん。はあ、少年兵は後方に回せ。無駄に死なれても困る」
「……御意」
ブルグラーヴは陣営に戻り、地図を見つめる。
我が軍の陣営は側面と後方が山で囲まれている。見晴らしは少し悪いが、防御にはこれ以上無い場所だ。
昨日、デュールリンの軍勢がグレンセラに追い返されたと伝達があった。自信満々に自分にやらせろとほざいていたのは何処のどいつだ。そればかりか、肩を撃たれたときた。呆れてものも言えん。これほど無能とは。知ってはいたが、こうもあからさまだとは。
だが、事態を見越して俺は軍を配置しておいた。ギノヴェア──もう一人の指揮官──にも伝達し、戦闘準備を進めている。それ故、迅速に再編成することができ、今に至っている。万全な状態だ。
デュールリンは、中央議会の議長の一人の甥にあたる人物。傍系の次男とかで、家を継ぐことが叶わないために、権力を得る場として軍を選んだような男だ。そんなデュールリンを議長は分かりやすく
やっと、やっとグレンセラを破滅へと導く機会が訪れたというのに。
今やグレンセラは空中分解寸前の状態だと聞く。今、国の頂点に立つアルスノ王子は、
戦場の舞台となるシェーフヒェンは平坦な地形。依然として数は劣るものの、短期決戦に持ち込めば、勝機は十分。ブルグラーヴは力強く号令した。
「全軍、かかれ───っ!」
◇
青藍の空。月光が
この砦に、アーチ型に縁取られた
「殿下、大丈夫ですか?」
アルスノの手の甲が僅かに赤く滲んでいる。
「少し掠っただけだ」
「無理は、なさらないでくださいね」
部下の心配の声に、アルスノは息を
「分かっている。だが……ここは、積極的に前線に出て、陣頭に立って戦うべきだ。軍全体に私の存在を知らしめ、共に闘う者として認めさせるためにも……」
「殿下……」
リウガルトがこのタイミングで戦闘を再開させたのは、恐らくグレンセラの混乱に乗ずる為だろう。そして、今この瞬間頂点に立っているのは、ぽっと出の若い王子。怪物のようなアゼルレッドと相対するよりは何倍もましだ。万年負け続けのリウガルトにとって勝利を手にする二度とない機会。この機を逃す手はない、そうリウガルト軍は思っているのだろう。
「皆からすれば、私は所詮子どもだ。年齢や、風貌から言えば、心許なく思うのは致し方ないことだと思う。それならば──力で示せば良い。影に隠れているだけの王子では、皆は納得しない。ただ軍人兵士を使役するだけの統率者となりたくはないのだ」
アルスノは視線を上げた。
「安心しろ、私は死なない。私が死ぬのは、今この時ではない」
「私は戻る。ヒース、グウィネズ、行くぞ!」
「御意!」「はっ!」
グレンセラの陣地は、なだらかな渓谷が広がっている。広大な蒼穹の下。若き王子は剣を振り上げた。
「私に続け! すぐに鎮圧せよ!」
その言葉通り、アルスノは先陣を切ってリウガルト兵を次々に打ち倒していった。
前線では、段々とリウガルト軍が押し出され、シェーフヒェンから、リウガルトが主都、ジーガスリットへと続く路にグレンセラ軍が迫っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます