第12話 笑顔

 シオンはハルの拘束を解く。手と足の縄をほどき、耳栓、そして目隠しをとる。下半身を隠せるよう羽織っていた上着を渡した。


 ハルはシオンを一瞬見て縋るように抱きついた。


「怖かった、怖かったよ……。」

「大丈夫、貴女はもう自由だよ。誰にも縛られない。好きに生きていいの。」

「ありがとう。」


 喜びと共にハルは違和感を感じた。今日のシオンの服って赤色だったっけ。それに、妙に据えた鉄の匂いがする。

 

 冷静に周りを見渡した。


 ハルが見たセカイはまさしく地獄絵図だった。


 部屋は赤で染められている。私を縛っていたクソ親父は原形が無いほどグチャグチャになっている。

 

 「ハル。もう大丈夫だよ。」


 私の愛した人は血まみれの姿で私に抱きつく。

 

 受け入れられない。受け入れたくない。これが。これをシオンがやったの?


 「あぁ、ごめん。少し身体が汚れちゃったね。」


 なんであなたはそんなに平常心で私に接するの?


 「シオン。これ、全部あなたがやったの……?」

 「そうだよ。こいつがいるとハルが幸せに暮らせないからね。」


 狂っている。そう思った。だが、言えなかった。


 「シオン。貴女、分かっているの?人を殺したのよ……。」

 「人?違う違う。こいつはただの害獣だよ。人の幸せを踏みにじる害獣だ。」


 話が通じない。彼女に罪悪感は一切無い。あるのは達成感だけ。それが余計に恐ろしい。

 人と話している感じがしなかった。言語が通じても意思が通じない。恐怖しか感じない。


 これが、シオン?



 「一緒にお風呂入らない?動いたら汗かいちゃって。汚れも落としたいしね。」


 シオンは湯船に湯を溜めにいく。扉の前にある死体を蹴飛ばして。

 シャワーを浴びる。放出された透明な水はピンク色になって排水溝に吸い込まれていく。

 鉄の匂いの充満した風呂場。必死に吐き気を抑える。

 小さな浴槽に二人で入った。一人は笑顔。一人は怯えた顔で。


 「いやー疲れた疲れた。まさかこんな大仕事になるとは。」


 大仕事。彼女の言う害獣駆除だろうか。

 人を殺して達成感に満たされるなんて狂ってる。


 「あなた、これからどうするの?」


 私はシオンに質問する。シオンは少し考え込んだ後に答えた。


 「近いうち二人で沖縄行っちゃおっか。飛行機の予約取らないとなぁ。あっ、買い物袋店に忘れた!」


 私は絶望した。彼女に罪の意識が全く無いことに。

 

 もう、ついて行けない。


 でも私が彼女から離れれば何をされるか分からない。最悪クソ親父と同じ道を歩むことになるかもしれない。


 大人しく従うしか無かった。


 風呂から上がった後、私の服をシオンに貸した。彼女は頬を赤らめ、うれしそうにそれを着る。

 私は聞く。死体を指さして


 「あれ、どうするの?」


 シオンは即答した。


 「警察が来て片付けてくれるよ。あいつら見る目が無いからそれを人間と間違えて持って行ってくれるはず。」


 そう言うと彼女はニカっと歯を見せて笑った。 



 あなたのおかげで私は笑顔になれた。

 ずっと暗かった毎日に少しずつ光が見え始めた。


 楽しかった。幸せだった。たまに喧嘩もしたし、口もきかないこともあった。でも、これが正しい生活だと感じた。


 あなたは私の救世主だった。


 だから、その顔はやめて。


 私のために自分を壊さないで。


 あなたが私のために傷つく必要なんてないの。


 その顔を見ると、なぜか胸がはち切れそうになるの。


 もうやめて。


 もう傷つけないで。


 私はあなたにそんなことしてほしくない。


 ただ、平凡に。好きな人と人並みな幸せを感じていたかっただけなのに。


 私のせいで全てが壊れた。


 私たちはもう普通には生きられない。人殺しの罪を背負った咎人だ。


 私のせいだ。私があなたに助けを求めたから。


 もう戻れない。


 私のせいで。私のせいで。私のせいで。私のせいで。


 ごめんなさい。


 ごめんなさい。


 ごめんなさい。

 

 ごめんなさい。


 ごめんなさい。


 ねぇ、お願い。その顔をやめて。その表情に私は耐えきれない。頭が狂いそうになるの。


 お願い。やめて。


 どうしてあなたはそんなに、


 笑っているの?



 あぁ、そうか。これが本当のシオンの姿なんだ。私のせいで変わってしまったんだ。彼女を壊してしまったのは私だ。



 シオンと手を繋いで彼女の家へ戻る。

 夕日が沈み始めている。時間はもう夕暮れ時だった。シオンは前も見ずに夕日に釘付けになっていた。


 「あぁ、分かった。ようやく分かったよ、ハル。夕日の美しさが。」


 あの日、あの時、私達が初めて言葉を交わした夕日の下。私達の何もかもが変わって、歪んでいった。

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