第11話 害獣駆除
二つ離れた町の外れにハルの家はある。公営団地の一角。四階の角部屋。
「ありがとうございました。お釣りはいりません。」
目的地に着く。タクシーを乗り捨てる。階段を一段飛ばしで上る。身体も心も疲労で限界が近かった。だが、脳みそが身体を止める信号を出すことを拒んだ。ただ進めとシオンに命令した。
扉の前に立つ。この中にハルがいる。シオンは家から持ってきた合鍵を使う。はやる気持ちでうまく鍵穴に刺さらない。数秒格闘した後、ガコンと鉄の扉のロックが開いた。
剥がれそうなほどの勢いで扉を開ける。
玄関にはハルの履いていた靴ともう一足男物の靴が置いてあった。
この男が元凶だ。シオンは確信した。
磨りガラスの扉の向こうに人影が見える。気持ちが逸る。こいつだ。こいつさえいなければハルは、私達は幸せに暮らせるんだ。
シオンはポケットからフルーツナイフを取り出す。それを逆手に持ち替え構えた。
心拍数が最高潮に上がる。脳が身体のリミッターを外す。震える手を押さえ込むかのようにナイフを握る手によりいっそう力が入る。
シオンはゆっくりと扉を開けた。
そこで見た光景にシオンは言葉を失った。
ハルは目隠しをされ、耳を塞がれ、手足を縛られて下半身が丸出しの状態だった。
まだ暴力を振るわれている痕はない。ギリギリのタイミングだった。不幸中の幸いというものだろうか。
問題は男のほうだ 。
上半身は身なりのいいピシッと引き締まったスーツ。下半身は丸出しで勃起した陰茎が顕になっている。傍にはハルに使おうとしていたであろう「オモチャ」がいくつも転がっていた。
男は困惑した表情を見せる。たじろぐ仕草さえも見せた。向こうからしたら見ず知らずの他人が自分のプライベートな時間を土足で踏み荒らしにきたのだ。
気色が悪い。こんなヤツがハルの便宜上の保護者?上っ面だけ立派に整えた異常者だ。
こんな奴が人間?いや、違う。こいつは害獣だ。人の幸せを、尊厳を悪戯に奪う害獣だ。
駆除しなきゃ。こいつを殺してハルを助けなきゃ。
害獣がこちらを向く。何かしゃべっている。何かの弁明の言葉だろうか。しかし、頭がコイツの喉から発せられる音声を処理することを拒む。
情けは必要無し。今は殺すことだけを考えろ。
まずはどこかに一撃を与える。そうすれば動きは止まる。
害獣が拳を振り下ろす。動きは大ぶりで隙だらけ。懐に入れない方が難しいほどだ。隙を見せたその瞬間、脇の下に入り込みナイフを腹に力強く突き刺す。
害獣が痛みにもだえて暴れる。その度に汚い血が床に飛び散る。
床に転がった「オモチャ」たち。それを害獣にめがけて投げつける。その中のバールの様なものが頭に直撃し、害獣の動きが止まった。そのまま動かない。気絶したようだった。
しばらく時が経ち害獣は目を覚ます。口を塞がれ、手足を縛られた状態で。
下腹部に目をやる。そこは妙に暖かく、赤かった。害獣は鈍くなった頭で瞬時に察した。陰茎が無くなっていたのだ。
害獣は開かない口で叫んだ。その声は発狂に近い。目からは涙が浮かぶ。叫びは泣き声へと変わる。
その姿を見てシオンは酷く落胆した。自らが制御できる都合の良い駒の前でなければ獣の姿を保てない。不利な状況になれば泣き叫んで喚いて許しを乞う。
「ふざけるなよ……。」
害獣は腹に鈍く重い衝撃を感じた。悶絶した。叫んだ。泣いた。だが、暴力はやまなかった。殴って、つねって、熱して、冷やして、叩いて、刺される。
シオンは害獣の口に貼られていたテープを剥がす。コイツがこの状況でどんな言葉を紡ぐのか興味が湧いたからだ。
害獣はひたすら叫んだ。「ごめんなさい」「助けて」と。
紡がれるは許しを求める言葉。その言葉を聞いたシオンは許せなかった。
お前はこれの何十倍も、何百倍も残酷なことをハルにした。
死んでくれ。お願いだから。
詫びなんていらない。今すぐ消えてくれ。
シオンは男に跨がり、ナイフを構える。喉仏の下あたりに刃が当たるように調整する。
その間も害獣は叫び続ける。「助けてくれ」「許してくれ」と。だが、それらの言葉は意味をなさなかった。
「死ね。」
ドスッ
シオンは害獣に包丁を突き立てる。さっきまでわめいていたうるさい叫びが止まる。
ドクドクと溢れる暖かい血液。血溜まりが死体を包む。多少の粘り気が手に纏わり付いた。
「気持ち悪い。」
手を払い、残った血を死体の顔に擦り付けた。
最後の仕事として冷め切った態度で死亡確認をとる。
心拍を確認する。
反応なし。
息をしているか。
していない。
瞳孔は散大しているか。
している。
終わった。
あぁ、ようやくハルは何にも縛られないんだ。自由に生きられるんだ。
こんなにうれしいことはない。
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