第5話 風呂

 知らなかった。あそこにいた少女がハルなんてこと気づくはずがない。いつもの彼女の姿と近づきがたいような覇気のようなものが感じられなかった。抜け殻のような、無意味にただ生きているだけの屍の様だった。

 雨の中反射的に家へ連れてきたはいいが、何をしていいか全くわからない。大体誰も招いたことのないこの部屋で、大して会話のしたことのない彼女とどう過ごせばいいというのだろうか。


 とりあえず体を温めるために風呂へ入ってもらっているが、替えの服は私のものでいいのだろうか?

 タンスの中をあさり、なんとか当たり障りのない服を探す。そういえばフリーサイズの部屋着があったはず。下着は、どうしよう…。


 服をたたみ、風呂場の扉の前に置いておく。服を用意したことを伝えるが、返事はない。というか、私も早く風呂に入って体を温めたい。

 そう思っていると、カチャリと扉のロックが外れた音がした。その瞬間から私は後ろを振り向くことができなくなった。


 「入りなよ。一緒に温まろう。」


 ハルはそう言った。しかし、この言葉を鵜呑みにしてしまえば私の自制心が効かなくなる気がした。


「なに躊躇ってるの。女の子同士なんだから恥ずかしがることないよ。」


 少し笑って彼女は言う。だからといってこの状況からも逃げ出せない。どうすれば良いのか、足りない頭をフル回転させて考える。


 「お願い、来て……。」


 弱々しく、今にも消えそうなかすれた声で彼女はつぶやいた。助けを求めるかのように、私を必要とするかのように。


 その声を聞いた私は、頭で考えることをやめ、彼女と同じ浴室へ入る準備をした。自分の部屋着を用意し上半身、下半身と服を脱いでいき、股間部分をタオルで隠し、胸を腕で守りながら浴室へと入る。


 そこには、浴槽に半分顔を沈め、ぶくぶくと鼻から空気を出している彼女の姿があった。その姿を見た瞬間、私はうつむく。たいしたことも考えず、一方的に憧れていた彼女と一緒の風呂に入ってしまった。


 沈黙の時間が数十秒続く。その何もない時間がどんな一日よりも長く感じられた。頭が何も考えられなくなっているのにぐるぐると回る。まだ湯船に浸かっていないのにのぼせそうだった。


 「体、洗いなよ。」


 その言葉で現実に戻された。いそいそと、狭い浴室で慌ただしく動く。椅子に座り、シャワーで頭を濡らして、手のひらにシャンプーをのせる。動揺しながらも、一連の動作はスムーズに行えた。


 シャカシャカと普段通りに頭を洗っていると、何か妙な物に手がぶつかった。柔らかくて、すべすべしている。なんだか覚えのある形をしていた。これは、手?


 頭から手を離してみる。しかし、頭にはまだ洗われる感触が残る。


「これくらいしか、出来ないから。」


 その行動に驚き、喉の奥から変な声が出た。手を振りほどこうとしたが、逆にあしらわれてしまう。おとなしくしていろと、後ろから無言の圧力が感じられた。


 丁寧に、丁寧に彼女の手が私の頭の上で這い回る。気持ちいいような、気持ち悪いような。おとなしくされるがままの状態でいること数分、洗髪剤を洗い流される。


 自分では何もしていないのにどっと疲れがあふれ出る。彼女に感謝の意を伝えると、濡れて開かない目で体を洗う用のタオルを探す。右に、左にと手を動かすが一向に探し当てることができない。


 すると、横からボディーソープをカシュカシュと何度かプッシュする音が聞こえる。


 「体洗うから、おとなしくして。」


 私は、自分で考えることをやめた。

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