第3話 私

「ただいま。」

 

 しかし、「おかえり」と返してくれる人はこの家には誰一人としていない。

 普通の家族ならその言葉は意味を持つのだろう。だが、私は世間一般で言う普通ではない。故に言葉は無機質なまま消えていく。

 両親が事故で他界したのは私が中学校へと進学してまもない頃だった。なまじ人の「死」というものに触れたことがなかった私にとって、このことは人生の大きなターニングポイントとなった。

 

 身寄りのなかった私は遠い親戚の家族の元へと拾われた。親戚と言っても殆ど赤の他人だった。多少の血の繋がりが鬱陶しく私達を繋げた。

 上辺は仲の良い家族を演じていたが、あちらが私を厄介者扱いしているのは嫌でも分かった。

 私は「いい子」を必死に演じた。成績は常にトップ、奉仕活動には積極的に参加し、家事全般をこなした。

 

 そうすればするほど、私は偽の家族から拒絶されていった。気に食わなかったのだろう。他人が自分の家を荒らすことが。

 

 高校進学のタイミングで一人暮らしをさせてくれと直談判した。支援は最低限でよい、学費は奨学金を使う、絶対に迷惑はかけないからと。

 相手は喜んでこれを了承した。当たり前だ。これでタダ飯食らいがいなくなるのだから。

 

 そうして新生活が始まった。新たな学校での生活は今までをリセットできてとても居心地が良かった。学校が終われば生活費のためにバイトを入れまくって、それも終わると授業の復習をする。

 休む暇などなかったが、それがあるはずの孤独感を紛らわせてくれた。

 

 学校では中学と同じようにトップの成績を歩んだ。このままいけばトップクラスの大学に行き、一流の企業に就職し、日本国民上位数パーセントの椅子に座れるのだと確信していた。

 いつもつるんでいる友人たちと自分は違う。薄い友情を育みながら内心そう思っていた。

 

 そんななか、私は彼女を見つけた。初めて見た時、彼女は同類だと感じた。あの冷たい目は、一度人生が壊された人にしかできない目だと。

 

 しかし、彼女にはなかなか近づけなかった。自分がチキンだったというわけではない。彼女のプレッシャーのようなものが強すぎて近づくことすらできなかったのだ。

 友人たちは彼氏が欲しいだ、やれヤリたいなどと低俗な会話をしていたが私は違う。


 彼女のことが知りたい。彼女のことを知れば、私の中の何かが分かる気がしたから。

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