Ep.0-3 自称異世界転生した侍女

 彼女はシオンの侍女で、明日一緒に新居に行く使用人だ。

 しかし、どこか混乱してるようだ。


「あり得ないわ…何で…なの…」

「どう言うこと?」

「だって、だって!このの主人公は『シュリオン』のはずよ!!」

「……」

「なんでよ!が女の子だなんて!そんな設定無かったじゃない!」

「何が言いたいの?」


 いきなり理解不明な発言をしてシオンに詰め寄ってくる無礼な侍女、シオンは冷静に対応した。


「アンタ誰よ!アタシのシュリオンは何処にいるの!」

「…貴方、何かあったの?昨日まで大人しかったわよね?」

「思い出したのよ!此処はアタシが好きな小説の世界だって!でも、アタシの推しのシュリオンが居ない!居たのはアンタだったの!」

「(シュリオンって誰?まずはそこからね)誰かを探してるのはわかったわ。とりあえず落ち着いて、一から話してちょうだい」

「っ!!」


 侍女『キャシー』を椅子に座らせて全て吐くよう命じた。


 キャシーは異世界転生とやらをした人間らしく、前世の記憶を持ってるそうだ。

 その内容が先程の『シュリオン』とやらが登場する物語に関する事。

 まず、『シュリオン』とは物語の主人公である『男性』の名前、【男主人公】とやらだ。


 そのシュリオンは、物語の中では家族や使用人から粗末な扱いを受けて育ち、周りの人々から嫌われて生きていた。傷付いた少年が力を付けて人々を見返すという痛快なファンタジー小説らしい。


 しかし、彼女の言う物語とは大きな違いがいくつかあった。

 まず、シュリオンが居ない…シュリオンではなく『シオン』という名の女性が存在している事。

 シオンは家族から粗末な扱いを受けるどころか、溺愛されて育った侯爵家のお姫様。

 更には人々から嫌われるどころか、世間にも認められてる有名な女騎士だ。


 これだけで十分過ぎる…それでも納得してないキャシーは続けた。


「その物語にはライバルとしてクロヴィスも登場するの。すっごく嫌なヤツでシュリオンを侮辱してくるヤツよ…いわゆる、悪者サイドのイケメンキャラよ…見た目とボイスドラマは良かったんだけど性格がクズ過ぎて好きになれなかった…」

「それにもクロヴィス出てくるのね…そっちでも性格酷いのね…」

「あんなのYさんの無駄遣いよぉ!!何であんなのクズ野郎にあの人選んだのよぉ!公式のバカァ!」

「……」


 公式やYさんはわからないが…キャシーの言い分は少しだけわかる。確かにクロヴィスの性格は悪い…実の父親よりも祖父を優先してるのだから…


「はぁ…男主人公がライバルと結婚するとかあり得ないんだけど…。二次創作じゃあるまいし、これBLモノですらなかったのよ…。TS(性別転換)モノでもなかったし、なんなのよ…シュリオンいないし…」

「……」

「はぁ…せっかくこの世界に転生したのにシュリオン居ないとかホント最悪…」

「……」

「…なんか言ったらどうです?存在侮辱されてるんですよ?」

「言うことは無いわ。でも、一つ言える事はあるわ」

「何よ…」


 シオンは立ち上がってキャシーを真剣な目で見た。


「貴方にとっては異世界とやらかも知れないけど、私や家族はみんな生きてるの。この世界は作り物なんかじゃない、現実よ」

「っ!!」

「すぐに現実を受け入れろとは言わない。でも、物語は物語よ。実話を元にした作品もあるかもしれないけど、今の貴方は作り物なの?キャシーという名のキャラクターなの?違うでしょ?貴方も生きてるでしょ?」

「っ…そ、そうだけど…」

「此処は物語の世界なんかじゃない、私達は生きてるのよ。それだけは理解しておくことね」

「っ……はい…申し訳ございません…お嬢様…」


 現実を叩きつけられたキャシーは項垂れながら謝罪した。

 確かに流行りの小説や漫画はキャシーが言ったような内容が多い。

 しかし、誰かが作った物語の中に転生など…まずあり得ない。あったら良いなぁ、それが起きたら面白いだろうなぁ…って思うくらいだろう。

 でも…実際にキャシーは異世界から物語の世界とやらに転生したらしい。

 自分が知ってる物語とは大きく違うのは当たり前だ、物語の世界や似てる世界とはいえ、現実世界な事に代わり無いから。


「貴方も休みなさい。明日一緒に行くんだから」

「はい…」

「でも貴方、ある意味「未来予知」が出来るって事よね?」

「っ…ですが、シュリオンがお嬢様になってるように…アタシの知る情報とは大きく異なってしまってて…もう当てになら無いです。役に立つモノもあるかもしれませんが…」

「そう…(役に立つモノもあるかもしれないか…難しいわね)わかったわ」

「申し訳ございません…失礼します」

「おやすみなさい」



 わずか数分で無礼な侍女を大人しくさせて部屋から出したシオン、身支度を終えて就寝した。


 ★☆★☆

 翌日、シオンの休暇は今日で終わりだ。


「おはようございます。お嬢様」

「おはようキャシー」


 朝早くから起きて着替えを終えていたシオンはキャシーを出迎えてドレッサーの前に座った。

 キャシーは何も言わずに櫛とリボンを取り出して青い髪を梳かした。


 記憶を取り戻す前からキャシーはシオンの専属侍女だった。

 だから記憶を取り戻してシオンの知るキャシーが消えても身体は覚えていた。


「今日で長い休暇も終わり…朝食の時に家族に挨拶をして、そのまま新居に向かうわ」

「かしこまりました。朝食の間に馬車を用意しておきます」

「お願いするわ。貴方も挨拶は済ましておきなさい」

「はい」


 侯爵令嬢とは言えシオンは女騎士、護衛はいらない。必要なのは身支度を手伝ってくれる侍女くらいだ。

 連れていくのはキャシーのみ、昨日の事についても邪魔されずに聞けるだろう。


 動きやすいパンツスタイル、青い髪を1本に束ねると凛々しい令嬢の出来上がり。

 身支度が終わったタイミンでダイニングホールに呼ばれた。


 今日でシオンの休暇が終わる。エドガー達は明日帰るそうだ。


「おはようございます」

「おはようシオン、よく眠れたか?」

「えぇ、意外にもぐっすり眠れました」

「それは良かったわ…はぁ…貴方の晴れ姿が見たかったわ…」

「まぁお義母様、そう悲しまないで下さい。シオン様の晴れ姿ならその内見れると思います」

「『リリア』?どうしてそう言えるんだ?」

「昨日の今日の事なのか…今朝の新聞をご覧になられましたか?」

「いや、まだ見てないな」

「どれどれ…はぁ?!」

「『ルシャス』、大声を上げては行けませんよ」

「すみません母上」


 エドガーの妻リリアは意味深な発言をしながら新聞をエドガーと三男『ルシャス』に見せた。

 そこには…驚きの内容が…


「アンタ達、ちゃんと食べてから読みなさいよ」

「もう食べ終わった。だから読んでる」

「あっそう、読み終わったらにも読ませてよね」

「はいはい」

「…ルシャス、読み上げてくれないか?」

「わかりました。えっと…」

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