Ep.0-2

「陛下、発言をお許し下さい」

「どうしたご令嬢?」

「彼は私との結婚と言うよりも、カーリー侯爵家の人間と結婚することが嫌だと言っております」

「確かにそうだな…」


 そうだ、クロヴィスは『シオン』ではなく、『カーリー侯爵家のシオン』と結婚したくないと何度も言ってるのだ。

 なら、自分は公爵家に何もしないと言えば良い。


「私から彼へ契約を申し込みます。

 私は公爵家に危害を加えないと命にかけて約束いたします。もし危険だと感じたら直ぐ様処して構いません」

「……」

「疑ってるのであれば、私を公爵家の土地に置いて監視しても構いません。

 ですが、王命に背いてまで自分の家の掟を優先のは国の剣としてはどうかと思いますよ?」

「っ!…チッ…」

「シオン様…」


 掟も大事だが『王国のつるぎ』の名も大事なはずだ。それが失くなってしまったらただの嫌な貴族と呼ばれるだけ。 


 ただでさえプライドが高いシルヴァン公爵家、王国の剣と言う二つ名が消えたら堪ったもんじゃないだろう…


「貴方に愛を求めません。私との時間を作れとも言いません。お互い自分の時間を大事にしましょ?」

「……途中で気が変わったから取り消したいと言わないか?」

「まさか、言いませんよ。流行りの小説じゃあるまいし、私は愛より自分の時間を求めます。どうします?」

「……」

「っ!クロヴィス、何を!?」


 クロヴィスは不機嫌そうな顔をしながら短剣を取り出した。


「口では何とでも言える、お前が自分で言った契約を守れるなら、その証拠覚悟を今見せてみろ」

「血判をしろと?」

「そんな甘いモノで認めると思うか?手のひらを斬ったりして契約書に血を垂らせ」

「なるほど…わかりました」

「シオンっ!!」



 契約書への血判と血を付着させるのでは意味が違ってくる。

 血判はペンのサインと同じで簡単に無効に出来る承諾を示す印だ。


 しかし自身を傷つけ契約書に血を垂らすと言うことは…血の主が命を落とした時にのみ契約が無効になる…【血の契約】と呼ばれる命の契約だ。

 達が悪いのは、【契約を申し込んだ人間】がやること、考案者が血を垂らすのが決まりだ。

 さらに…最悪な事に、あえてこの契約を結ばせて意図的に第三者に殺害させれば…これでも無効になるという…最悪なやり方だ。


 つまり、シオンはかなり不利な状態で命の契約を申し込んだ訳だ。

 敵しかいない公爵家の領地に身を置いたら狙われるに決まってる…。

 第三者に殺害される可能性は結構高い…それでも両家当主の望みである和解を果たさなければ…


 しかも、この【血の契約】は契約に反した行動をすると命を削られる…とんでもない契約だ。まさに命が尽きたときに解約される契約だ…


 シオンが持ちかけた契約は

【お互いに干渉しない


 愛を求めない


 お互いの邪魔をしない】の3つだ



 クロヴィスは渋々契約書にサインし、シオンも名前を書き終え…ヴェントゥスとライフォードを見た。


「お父様、公爵様、身勝手な事をして申し訳ございません。ですが、御二人の努力は絶対無駄にはさせません…」

「シオンっ!」

「シオン様っ!」

「っ!」


「…(どのくらい垂らせば良いのかしら…指じゃ血判と変わらない、手のひらを斬りすぎたら仕事に影響が出ちゃうから…利き手じゃない左手で良いかな。本には本当は利き手の方が良いって書いてあったけど、状況によっては利き手じゃなくても良いって書いてあったからね。

 えっと…軽い力で…スパッと…)あっ」

「っ!!」


 頭にイメージを思い浮かべたのと同時にスパッと手のひらを斬った…。

 勢いよく斬ったせいか、真っ赤な血が契約書に大量に垂れ落ちた。

 これにはクロヴィスも驚きを隠せなかったようだ。

 対するシオンは、このような傷に慣れてるのか冷静だった。まぁ…シオンは女騎士、普通の貴族令嬢ではない。


 驚いたヴェントゥスは直ぐ様治療魔法をかけた。


「あぁ…なんて事を…お前まで無茶を…」


 泣きながら手のひらを握る父を慰めながらもシオンは国王を見た。 

 側近が契約書を国王に見せて報告した。


「陛下、お二人の婚姻は結ばれました…」

「うむ…そうだな、たった今2人は夫婦となった。そして両家の因縁は終わりだ」

「っ!!」

「両家への報酬は後程与える…今は用意した部屋で休んでくれ」

「ありがとうございますっ」

「ありがとうございます」


 シオンとクロヴィスはそれぞれの父親に連れられて別室に行った。


 案内された部屋でシオンとヴェントゥスは手のひらを見ていた。


「まだ痛むか?」

「いいえ、お父様の魔法で痛みも消えました」「そうか、それなら良いが…あの短剣に何か細工されてなかったか?」

「細工はありませんでした。恐らく護身用のモノでしょう」

「そうか…ホントにすまなかった…家に帰ったら『リーフ』とエドガー達に怒られてしまうな…」

「王命ですもの、仕方がありませんよ」

「……」


 その後、国王の側近から報酬を受け取って王宮を出たようとした。

 帰る直前、ライフォードに呼び止められ、近いうちに手紙を送ると言われた。


 …このまま大事にならなければ良いが…


 ★☆★☆

 領地に帰って家族の熱い出迎えを受けた後、ヴェントゥスはゆっくり口を開いて王命を説明した。


 王命としてシオンとクロヴィスがその場で結婚した事に驚く母リーフ、兄達は顔を真っ赤にして叫び出した。


「何でオレらのシオンを敵対心剥き出しな家に!!女顔な『ユーリヒェン』でも渡そうぜ!」

「ふざけんじゃないわよアンタ!ふざけた事言ってないでシオンを助ける方法を考えなさいよ筋肉ダルマ!」

「2人ともうるさい、黙って」

「「なんだと!/なんですって!」」


「落ち着きなさい貴方達。もう決まってしまった事なの…血の契約をしてまでお父様と公爵様の願いを叶えてくれたのね…」

「はいお母様…でも後悔してません。これでいざこざが無くなった訳ではありませんが…」

「そうね、でも無理をして…」

「っ!」


 母リーフはシオンを抱き締めた。


「いくら女騎士だから傷つく事に慣れてるとはいえ、もっと自分を大切にして…」

「…はい…」


 そうは言われても…両家の和解を果たすにはアレしか方法がなかったのだ…

 実際、手のひらを斬りすぎても痛みは無かった。騎士であったから斬られる事に慣れて痛みが麻痺していたのだ。


「とにかく、既に婚姻が組まれたとはいえ、嫁入り準備はさせてくれるの?」

「ライフォードが色々してくれるそうだ。居住地も公爵家の手が回ってないライフォード本人が管理してる土地に用意してくれるそうだ。

 シオンの仕事場からも近い位置にあるそうだ」

「すごい接待だな」

「ライフォードから礼とお詫びとして色々させてほしいと言われたのだ…」

「公爵だけが善人だったのがせめてもの救いね…」

「でもさ…僕らの方でも色々しなきゃいけないんじゃない?」

「そうだな…」


 そうは言われても、侯爵家に娘は1人しかいない。エドガーの結婚準備をしたことはあるが嫁入り準備は初めてだ…


 愛娘の嫁入り、侯爵は複雑な顔をしながらも準備を進めたのだった。


 数日後、シオンの休暇終了まで残り1日

 ライフォードの手紙が届いた。

 内容としては…結婚式は挙げられない、挙げると身内に狙われる可能性が更に高まる…申し訳ないと。

 挙げられない代わりに、父や身内の息がかかってない安全な土地に屋敷を用意した。絶対に安全だ…だからそこでクロヴィスと2人、少人数の使用人と暮らして欲しいとの事だった。

 悲しいが、満点回答だ。


 この手紙を読んだ両親は号泣…兄達も悔しそうに嘆いていた…。

 愛娘の…可愛い妹の晴れ姿を見ることは叶わない…


 家族には悪いがそれでも良い…変に問題を増やすよりはマシだから。



 この日の夜、シオンは、荷物をまとめていた。

 その時1人の侍女が本を手にして部屋にやってきた。

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