第3話

 休日のゆったりとした空気が路を縫う。凛とした涼しげな風が鉄の森を廻る。送り出された血液のようにただただ車を走らせる。夏の余韻が残る秋口の陽気が夢の街を照らす。ビードロ色のガラスに映る虚像は歪み、やがて卯の花の梯子に変わる。

 時刻は午前5時。日付は土曜日。大都会の町の一端だが、人は少ない。車は大型トラックと商用車、原付は一台走り去っていくのが見えた。

 まるで後悔を押し殺そうとしているような景色が車窓を彩っていた。同時に忘れないでくれと言わんばかりに、蒸気が陽を通し、雪のように輝き、街はまだ凍ったように動かない。

 オフィス街、ダウンタウン、電通街を抜け、生活音響く町に出る。モダンとレトロが交錯を横目に充の家に着いた。バラックやトレーラーハウスなどさまざまな形の住まいがある。

 少しすると、新しめのレインウェアにザック、登山靴を身に纏った充が出てきた。最近の登山用具は日常生活でも使えるおしゃれで実用的なものが増えてきた印象だ。

 「おはようございます、大城さん。今日はよろしくお願いします」

「おう、こちらこそ。」

 社交辞令のような挨拶を交わし、充が乗ったことを確認して、出発した。ラジオは朝の雰囲気が漂う心地よい音楽が流れていた。

「今日は山梨晴れみたいですよ。よかったですね」

「でも、山は天気が変わりやすいだろう。特に山間部は雲の動きを注視していないと簡単に遭難してしまうかもだから、油断はしないようにしないとな」

「大城さんって登山したことあるんですよね」

「…まあな。」

 短いようで長い沈黙が流れる。

 ラジオの音を上げ、音楽が流れる。

 私の声が街を流れる。

『♪君の声を聞かせて 雲を避け世界照らすよな』

 つられて充も歌ってきた。車は少しばかり小さなライブハウスとなった。


 20分ほどさらに車を走らせ、平成初期を思わせる住宅街に着いた。充はいつの間にか寝ており、私も喉を痛めて息も荒くなっていた。

 白練色の外壁に薄汚れたガラス。ノスタルジックな家から出てきたのはあの時のヤナちゃんだった。ウェアもザックもパンツも変わらない。変わったのは目つきと登山靴。あの目にはもしかしたら私への憂や怨が映っているのだろうか。

「おはよう、晴人。久しぶりだな、そのカッコ」

あの時みたいな調子で話しかけてきたヤナちゃんだが、私はまだ取り戻せていない。

「…だろ?とりあえず助手席乗って」

 言った側からヤナちゃんが不快に感じたことを察した。

 ヤナちゃんにそっけない態度をとってしまった申し訳なさが込み上げてきた。あれだけやってもらっていたのに、どうしてこんな態度をとってしまったのか。また、後悔が降り積もる。

 車に乗ると、すでに充が起きていた。

「あ、柳川さん。おはようございます。あれ、大城さん、俺いつから寝てました?」

 ちょっとした笑いが車を包んだ。

 助手席の間の空気が少し軽くなった。

「それじゃ、出発」

 あの記憶を背負って、車のトラクションで歩き始めた。

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