7.5


 魔物は魔力の塊。魔物は討伐されると魔力の粒子が散る。それが集まりまた魔物に。そんなことが書かれていた本の中に、書かれていた。

「……魔力を注がれた魔物は、通常の魔物とは異なる挙動をする。生き残りたいという本能が活発化し、同族を捕食……」

「それはつまり、魔物が魔物を食べるということかな」

「捕食、というのがそのままの意味なら。捕食を繰り返したら、その魔物はどうなるんでしょうか」

「僕ら討伐隊の力では、対処しきれなくなるかもしれない」

 討伐隊は魔物の弱点を知っている。だから、討伐できていた。しかし正体不明の魔物は、討伐のしようがない。

「ノエルさんが五年前に見た魔物は、どんな形をしていましたか」

「それが、初めて見る形状だったんだ。こう、薄い円柱のような形で、動きが緩慢だった。だけど周囲のもの――岩とか、木とか、地面をえぐり取るように動くんだ」

「よく生還できましたね」

「それは、僕の婚約者だったホーンスビー嬢が犠牲になってしまったことが大きいと思う。正体不明の魔物に彼女が吸われてしまってから、その魔物は動かなくなった」

 残りの魔物を討伐している間に、円形の魔物は姿を消していたらしい。あれから五年。その魔物は一切姿を現していないようだ。

「……リレイオが、作り出したと言っていました。初めて作り出したときの時間がどれくらいかわかりませんが、あの口ぶりだとそこそこ時間がかかるはず」

「なるほど。リレイオ君の準備が整ってしまう前に、どうにかしないといけないということだね」

 時間との闘いだ。そんな風に言うノエルの言葉を聞きながら、フリッカは何か腑に落ちなかった。

 魔力を注いで強い魔物を作り出すことは、確かに有効だろう。対処法がわからなければどうすることもできない。しかし本当にそれだけなのか、と。

(……リレイオの周りには遠隔魔法を消す靄があるし、わたしが放った精霊魔法を吸収していた。それはつまり、周囲の魔力を吸収できるってことじゃない?)

 リレイオが、極上だと言っていた。それはフリッカの精霊魔法を、取り込んでいたということではないだろうか。そして、大量の魔物を捕食して強くなった魔物を屠る。そうして濃くなった魔力を、取り込むのではないか。

 仮説が正しければ、リレイオは魔力切れとは無縁ということになる。エドラたち一般の魔術師が倒れるほど回復薬を作っていたとき、リレイオだけ元気だったのは仮説を証明しているかもしれない。

(永遠に魔力を蓄えられるって、そんな相手にどうやって勝てばいいの……遠隔攻撃は、靄に吸収されちゃうし……)

 勝てる方法が見いだせず、フリッカは頭を抱えた。そんなフリッカの手に、ノエルが自身の手を重ねる。

「フリッカ。一人で考えこまないで。協力してこの難局を乗り越えよう」

(そうだ。わたし一人の問題じゃない。ノエルさんだって、他の人たちだって、絶対に死なせたくない)

 フリッカは、重ねられたノエルの手を握る。

「ノエルさん! わたしに魔物のことを教えて下さい!」

「もちろん。魔術師のフリッカならわかることもあるかもしれないしね」

 ノエルと手を握り合う。

「今後のことなんですけど、リレイオに一番狙われるのはノエルさんだと思うんです」

「フリッカではなく?」

「リレイオが言っていました。五年前、ノエルさんを狙って魔物を作ったって」

「僕か……リレイオ君と何も接点が無かったと思うけどな」

「それは、その、わたしが原因だと思います」

「フリッカが? どうして?」

 リレイオがフリッカに執着していた。フリッカがノエルの名を呼んでしまったとき、聞かれていたのだろう。二度目のときはフリッカが死んでしまうのが早く、三度目はディーアギス大国に行く前から情報を集めていたのかもしれない。

 しかし、この事実を伝えるべきかどうか。元極悪魔女だったということを伝えて、ノエルに嫌われるかもしれない。悩んだが、今はフリッカの事情なんて考えているべきではなかった。

「……あの、信じられないかもしれないんですけど……」

 フリッカは、今の自分が三度目の人生であることを伝えた。だからノエルのことは出会う前から知っていたのだと。かつて人の命を弄んでしまったことまで、包み隠さず伝えた。

「そう、か……」

 ノエルは、何かを考えるように相槌だけ打った。そしてその後の沈黙が続く。話した以上、ノエルの判断を待たなければいけない。

(こんな変な話をするわたしのことなんて信用できないって言われたら、そのときは一人でやれることをやろう)

 手を組み、ノエルの反応を待った。


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