7.6
フリッカがノエルを見つめて回答を待っていると、ノエルと目が合った。
「……一つ、聞いても良いだろうか」
「はい。なんでも答えます」
「いくら考えても、フリッカが原因で僕が狙われる理由がわからないのだけど」
「えっと、それは……その、わ、わたしが、ノエルさんのことを特別だと思っているからだと思います」
「特別?」
「そ、その、恋愛という意味ではなくて、か、感謝です。ノエルさんは、一度目のとき、人としての心を取り戻させてくれたんです」
「そう、か……感謝……」
ノエルに迷惑をかけてはいけないと、恋愛ではないと全力で否定した。しかしノエルは、フリッカの答えを聞いて眉を下げる。
そんなノエルの顔は見ていたくなくて、フリッカはわざとらしく話題を変えた。
「そ、そうだ。そういえば、ノエルさんは処刑をする権限があるんですね」
「ああ、それは僕も一応王族だからね」
「えぇっ!? 王子様なんですか!?」
「そんな華やかなものじゃないよ。城勤めをしていた母が父に見初められてね、僕が産まれたんだ。母が男爵家の人間だったから、身分のことで色々とあったってだけで」
「な、なるほど? もしかして、出身のせいで魔物討伐隊の隊長をしているということですか」
「んー、というより、自分に何ができるか考えた結果かな。王位を目指して様々な争いに巻きこまれるよりも、王族の端くれとして、街の人を守りたいと思ったから」
「……そんな風に思えるノエルさんだから、わたしは救われたんですね」
民を思うため、元極悪魔女にも平等だと説いてくれたのだろう。
(はぁ……やっぱり、ノエルさんはすごいなぁ)
フリッカは、自分が秘めている気持ちを伝えないまま話を誤魔化せたと思った。しかしそれは、翌日覆ることになる。
一度寝てからまた対策を考えよう。そう言って別れた後、フリッカはまた今まで通りノエルの隣の部屋を使わせてもらった。
翌朝。
フリッカはヒューイへの手紙を頼まれた。すぐに鳩合便を出す。そういえばノエルからヒューイへ手紙を出した後はいつも荒れ狂うような馬の足音が聞こえるな。そんな風に思っていると、今日もまた同じ音が聞こえた。そして執務室へ直行してくる。
「犯人がわかったんだってな!」
開口一番、そう言ったヒューイがフリッカの元へ来る。そして何を思ったのか、まるで小さい子供をあやすかのように、頭をぐりぐりと撫でられた。そんなヒューイの手を、ノエルが荒々しく振り払う。
「ヒューイ。どういうつもりだ」
「ああ、悪い悪い。大変だったなと思って」
「手紙を読んだんだろう? それでなぜフリッカを触った?」
「良かったな、ノエル。名前を呼べているということは、気持ちが通じたんだな」
「へ?」
二人の話を聞くだけだったフリッカは、聞こえた内容が信じられなくて間抜けな声を出してしまった。ノエルは、焦ったようにヒューイを部屋の隅へ連れて行く。
(えっ? えっ?? どういうこと?)
もしかしてもしかするのか。舞い上がっているフリッカは、部屋の隅で話しているノエルたちを見守る。
「だあ、もう! ぐだぐだ言ってんじゃねーよ。俺が確認してやるよ」
そう言ったヒューイが、振り返る。
「サージュの部屋を調べているときに発見したんだが、こいつの姿絵を飾っていたよな? 何でだ?」
質問された瞬間、フリッカはヒュッと息を呑んだ。そんな反応を見たノエルが、何か期待するような眼差しでゆっくりとフリッカの方へ近づいてくる。
「ヒューイが言っていること、本当なのかい……?」
「そ、それは……」
「調べる過程で、家具屋にも姿絵屋にも話を聞いた。事実を否定することはできないぞ?」
言葉を捜している内に、ヒューイに先回りされてしまった。ノエルには家具を一緒に運んでもらっているし、何も言い訳ができない。
フリッカは耳まで真っ赤にしながら、答える。
「……あの、その……わたしが、ノエルさんの姿絵を飾っていたのは、わたしが、ノエルさんを好きだから、です……」
悪あがきをするように、最後の方はぼそぼそとした声で話す。しかしノエルはすぐ目の前まで来ていて、全ての言葉を聞かれてしまった。
ノエルは信じられないというように右手を頭に乗せると、フリッカの前に跪くように座る。そうして、硬く握り込んでいたフリッカの手を解き持ち上げた。
「本当に……?」
「や、迷惑だとはわかっているんです。ノエルさんはまだ婚約者さんのことが忘れられないと思うし……」
フリッカが話すと、ヒューイが盛大なため息をついた。
「これから大事な戦いがあるだろ。その前にけりをつけておけ」
そう言い、ヒューイはフリッカたちを見守ることにしたのか、壁に寄りかかった。あえて部屋から出なかったのは、話が長引くと今後の戦いの話し合いができないと思ったからか。
ノエルへの告白を聞かれてしまっている。今さらヒューイが出ていかなくても良いだろう。
ノエルが、フリッカの手をきゅっと握る。
「……レディにだけ言わせてしまうのは、男として不甲斐ないね。僕からも言わせてほしい。オドゥムト嬢からフリッカの話を聞く度に……違うな。もっとずっと前からかもしれないね。僕は、フリッカが好きだよ」
「っ!!」
微笑まれながら告白されると、フリッカは全身の血が沸騰したかのような感覚になった。声を出したいのに上手く出せず、呼吸すらまともにできない。
そんなフリッカの背に手を回し、擦りながら、ノエルが声をかけてくれる。
「フリッカ。落ち着いて。ゆっくり、息を吸って。吐いて。そう、良い子だ」
ノエルの指示の通り、呼吸を繰り返す。その内にきちんと呼吸ができるようになってきた。落ち着いてくると、じわじわと喜びがこみ上げてくる。
「夢みたい、です」
「それは僕も同じ気持ちだよ」
ノエルが抱きしめてくれたから、フリッカも背中に手を回す。ぽかぽかと心が温かい。
「よしっ、まとまったな。それならとっとと対策会議するぞ」
部屋で待機していたヒューイが仕切り、話し合いが始まる。しかしノエルがフリッカを抱き上げて話そうとするから、話の内容が頭に入らない。
ヒューイに注意され、ノエルはフリッカを隣に座らせる。それから、何か書くとき以外はずっと手を握られていた。
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