7.4


 フリッカは、ノエルの元へ急ぐ。リレイオの様子からまだ時間はある。しかし、それがあとどれくらいの猶予かはわからない。

(できれば、ノエルさんを巻きこみたくなかったけど……)

 一人で解決できるなら、何も問題はなかった。しかし猶予時間がどれだけあるかわからない今、一人で全てをやるには時間が足りない。だからまず、ノエルに相談することにした。魔物を討伐してきているし、ノエルからヒューイへと伝達してもらうことも可能だ。一人で解決できないなら、より多くの人に動いてもらう方がいい。

 飛行魔法を発動し、ノエルの部屋のバルコニーへ行く。開けられたままの窓から部屋に入る。ノエルは、フリッカが放った催眠魔法でまだ眠っていた。

「ノエルさん」

 ゆさゆさと体を揺らし、ノエルを起こす。しかし速効性の高い催眠魔法だったからか、ノエルは全く起きる様子がない。

(水をかけるという手もあるけど、なんか、拷問するみたいだし……)

 万が一、フリッカが出した水でノエルの命を危険にさらすわけにはいかない。考えて、気付け薬のようなものを作ることにした。

起床即薬フリューボクナ!」

 ノエルに精霊魔法を放つと、ノエルが寝台から飛び起きた。ぴよーんと跳ね上がったノエルは、寝台の上に落ちる。そして何が起きたのかわからないというような顔になっていた。

「ノエルさん! 聞いてほしい話があります」

「フ、フリッカ? えっと、あれ? さっきはどうなったんだっけ」

「強制的に寝かせちゃってごめんなさい!」

 ノエルに頭を下げる。寝起きのノエルはまだ理解が追いついていないようだった。寝台から立ち上がり、机の上に置かれていた水差しから水を注いで飲む。

 そして、フリッカを手招くと対面に座るように手を向けた。

「えーと、色々と言わないといけないことがあるけど、後にしよう。フリッカ、どうしたんだい?」

「ありがとうございます。実は……」

 リレイオから聞いた話を伝える。五年前の正体不明の魔物もリレイオが作り出していたという話を聞いているときは、ノエルの整った眉が寄っていた。そのことでまだ婚約者に気持ちがあるのだと思って一瞬落ちこんだが、フリッカはすぐに切り替える。

「わたしは、魔物のことを知りません。だから魔物について教えて下さい」

「わかった。討伐するにも、弱点を知っておかないといけないからね。それに、余裕を持って作ってもらっているとはいえ、もっと回復薬を用意しないといけないかもしれないね」

「わたしが用意します」

 伝えてすぐ、フリッカは両手の指先にそれぞれ四属性の力を練り上げる。これで、作れる数は十倍だ。その指を向かい合わせるように空間を作る。

瞬間回復薬メントヴォード!」

 詠唱すると、十本の回復薬ができた。そしてそれらをすぐに複製。あっという間に大量の回復薬が部屋に溢れた。

「一瞬で傷を治して、体力も回復させる薬を作りました」

「……フリッカはすごいと思っていたけど、やっぱりすごいね。何十人もの魔術師が何日もかけて作る回復薬よりも、効果が高いものを一瞬で作り出せるんだ」

「わたしには、精霊魔法ぐらいしか取り柄がないので」

「そんなことはない。フリッカは、みんなを幸せにしてくれる」

「わたしのことは良いんです。それよりも、ノエルさんには辛いことを思い出させてしまうんですが、教えてほしいんです。五年前、婚約者さんを消した魔物が出る前、なにかその前兆のようなものはありませんでしたか」

「前兆……」

 ノエルが腕を組んで考える。そして思いついたように教えてくれた。

「そういえば、魔物の姿が変だったように思う。普段討伐している魔物と魔物が組み合わさったような姿をしていた」

「魔物が組み合わさる?」

「そう。鳥型の魔物ホグヘートと狐型のレヴルドがくっついていたり、同じ魔物同士がくっついて頭が二つになっていたり……攻撃方法も二種類になっていたり威力が上がったりしていて討伐が大変だった」

「確かに。それは大変そうですね。でも、魔物同士がくっつくというのはどういうことでしょう?」

 魔物のことはわからないが、魔物の生成原則は知っている。魔術師が使う精霊魔法の礼として精霊へ魔力を提供。回収しきれないものが集まり、魔物となる。もしくは、生き物に意図的に魔力を注いで作り出す。

(……リレイオは、作り出すのが大変だって言っていた。そんな状態のときに、わざわざ自分の魔力を放出するかな)

「……ノエルさんが魔物を討伐した後って、その魔物はどうなっていますか」

「弱点を突くことで、消滅していると思っているけど……」

「魔物は、魔力の塊です。それが弱点を突かれて消滅するだけなんて、思えないんですよね」

「と、いうと?」

「こう、討伐隊の人には見えない変化が起きているのではないかと」

「確かに。僕達討伐隊は、見えている魔物を倒しているだけだ。その後のことはわからない。フリッカが前に実験した、ムールビーを討伐したときはどうだった?」

「あのときは、実験が成功してしまったと思って気落ちして、周辺に気を配っていなかったんですよね。だから、わかりません」

「そうか……魔物が魔力の塊だというのなら、もしかしたら討伐された魔物はまた時間をかけて、新たな魔物になるのかもしれないね」

「なるほど。だから、魔物は絶滅しないんですね。新しい魔物になるときに、魔物同士がくっついたのかも」

 魔物は絶滅しない。その事実は、精霊魔法を長年研究しているシィルルエ族の長子であるリレイオなら知っているだろう。一族が魔術書をいくつも出している。それらを目にする機会は普通ないが、フリッカは人生が三度目だ。一度目よりも二度目よりも、精霊魔法について学んだ。その過程で、魔術書も何冊か読んでいる。

「……ちょっと記憶が曖昧なんですが、魔物のことで昔読んだ気がします」

「何が書かれていたんだい?」

「えーと……」


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