7.3


 昼間に通った道を辿り、街の外へ出る。ディーアギス大国は島国だが、島の左寄り――エイクエア諸島寄りに街がギュッと密集していた。街の外へ出るということは、海に出ていなくても国を出ているということになる。

 平原や森など、魔物が出る場所だ。

「ようやく来たね」

 岩山の上で何かをしていたリレイオは、フリッカが来たことにすぐ気がついた。ぴょんっと下り、フリッカの前まで歩いてくる。

「わたしに話すことってなに?」

「怒りは冷静さを欠くよ」

「無駄な話はいらない。簡潔に答えて」

「せっかく二人きりなのに、情緒がないなあ」

「リレイオに、そんなもの求めない」

「冷たいなあ。一緒に三度目の人生をやり直しているのに」

「……リレイオがわたしの時間を戻したのね。なにが目的?」

 質問すると、リレイオは何か素晴らしいことを言い出すように、恍惚とした表情を浮かべた。

「フリッカは四属性を扱えるでしょ? ボクもね、ようやく四属性を自分の力として使えるようになったんだ」

 そう言って、リレイオは光源魔法を出し、自分の髪を指差す。暗紅色の長い髪を三つ編みにして片側に流している中に、青緑色の房が一つあった。

「今は、四属性あるかもしれない。でも、一度目のときも二度目のときもまだ四属性はなかったでしょ? それなのになんで時を戻せたの」

「フリッカは時間の感覚がないからわからないかな。フリッカが火あぶりにされた後、シィルルエ族長が死んじゃってね? ボクが新しい族長になったんだ。フリッカは知っているかな。シィルルエ族が暮らす島のすぐ近くにある島」

「アンデリアでしょ? 歴霊っていう古い精霊がいるとされている」

「そう。アンデリアでさ、族長になったら試練が出されるわけ。そこの試練を終えると、たった一つだけ願いが叶うんだよね。それで、足りない二属性を持つことを望んだ」

 シィルルエ族は、アンデリアに一番近い地域だ。だからこそ精霊魔法を研究し、魔術書もいつくか書いている。シィルルエ族は、どの部族よりも精霊魔法に詳しい。

「それですぐにフリッカとボクの時間を巻き戻したんだけど、まだ力がなじんでいなかったせいか微妙な時間にしか戻せなかったんだよね。そのせいでフリッカはフェンゲルドムに収監されたままになっちゃって……四番街から五番街に行って死んじゃうなんて想定外だった」

「……それでまた、族長になって四属性扱えるようにしたの?」

「そ。でも今度はフリッカをフェンゲルドムに収監させないように、しっかりと四属性を扱えるようになってから時間を巻き戻したんだ」

 フリッカが犯罪者にならなかったのはボクのおかげだよ。そう言うリレイオは好奇心の塊のように無邪気だ。もしかしたら、時を遡ることの弊害だろうか。

 シィルルエ族の族長が死んだ。それは恐らく、リレイオに殺されてしまったのだろう。死んじゃってね、と言うときのリレイオが満面の笑みを浮かべていた。

「……四属性扱えるようになって、良かったんじゃないの。わたしに何を求めるの?」

「一つ。どーしても、フリッカとじゃないと検証できないことがあるんだよね。四属性持ち同士の子供は、四属性なのかな? フリッカはどうして産まれながらにして四属性だったの」

 リレイオが狂気じみた笑みを浮かべながら、フリッカの顔をのぞき込むように聞いてきた。思わず身の危険を感じ、すぐに距離を取る。

「警戒してるんだ?」

「当たり前でしょ。なにをされるかわからないもの」

「ふうーん? でもさ、ボクを近づけた時点で何かしていると思わないの」

「……今のところなんともないし、リレイオの周囲に靄が見えないから」

 フリッカが指摘すると、リレイオは驚いたように目を見開いた。そしてまるで見せつけるように、靄を出したり引っこめたりしている。

「天然の四属性持ちだからかな。この靄、見えるんだ?」

「その靄、なんなの? 遠くから盗聴魔法を仕掛けようとしたら吸収された感じだった」

「すごい。そんなことまで見えるんだ? そうだねえ。フリッカの魔力は極上だったよ」

 ふふふ、と恍惚とした笑みを浮かべるリレイオ。その発言から、リレイオに精霊魔法をぶつけても吸収されてしまうとわかる。

「極上って、なに」

「秘密。全部明かしちゃったらつまらないでしょ? でも、フリッカがボクの検証に付き合ってくれるっていうなら、子供の属性がわかってから教えてあげてもいいかなー」

 リレイオがフリッカの手を取ろうとしてきたから、すぐに距離を取る。それからは近づかれる度に一定の距離を開けた。そうしている内に岩山をぐるりと一周するようになり、後方から何かの声が聞こえてくる。

 振り返ると、洞窟のような窪みからこちらへ出てこようとしている複数の魔物がいた。よく見ると、何かに阻まれて前に出られないようだ。すぐに討伐しようとして、リレイオに両手を取られる。そしてそのまま、指と指を絡ませられるような形で岩壁に押さえつけられてしまった。

「ちょっと、やめてよね。結構苦労して集めたんだから」

「リレイオが、魔物を?」

「一部作り出したやつもいるけどね。フリッカならわかるでしょ?」

 部屋にいたムールビーだ。フリッカも実験をして、魔力を込めれば魔物を作り出せてしまうとわかっている。

「魔物を見て怖がるフリッカを助けたら、検証を優位に進められると思ったんだ。だから、一匹にして楽しようと思ったのに」

 あのとき、近くにリレイオがいたのだ。そう考えると、ノエルに被害が及ばなくてよかったと思う。

「あの魔物たちを、どうする気?」

「わざわざ聞く? ボクとしては、フリッカの子供が手に入ればいいんだよね。そのために邪魔な存在があったら、当然消すよね」

「そんなこと、させない! 街には、わたしたちと関わりのない人たちだって暮らしているんだから!」

「でも、全部邪魔だよね?」

 首を傾げながら、真顔で言う。狂気じみた笑みを浮かべながら言われても怖いが、真顔の方がリレイオの本気度がわかる。

「あの魔物達は、序章。フリッカが気にする存在全てを消し去るためのね」

「消し去る……」

 愉悦の笑みを浮かべるリレイオの言葉が引っ掛かった。

(消し去る……消す……まさかっ)

 ノエルが、言っていた。五年前、魔物討伐隊で一緒に働いていたノエルの婚約者が、正体不明の魔物に消されてしまったと。

 聞いた直後は比喩表現だと思っていたが、実際にあったことだったとしたら。

「……五年前、ノエルさんの婚約者さんを、消した?」

「ご名答! なんだ、フリッカにばれないようにやったのに知ってたんだ? まあ、そうか。あいつから話を聞いた?」

「どうして!? どうしてノエルさんの婚約者さんを!?」

「それは想定外だったよね。本当はフリッカとあいつが出会う前に、あいつを消したかったのに。女に庇われて弱っちい男」

 ノエルを侮辱する発言にフリッカが怒り、自由だった足で思いっきりリレイオの足を踏んづけてやった。その瞬間拘束を解かれ、すぐにリレイオを攻撃しようと手を向ける。

「ま、待った! いいの? ボクが死ぬと洞窟の前に仕掛けてある障壁、壊れるよ?」

 洞窟の中にどれだけの数のどんな種類の魔物がいるかわからない。フリッカは魔物のことを知らず、討伐できるかどうか不透明だ。そんな状態で対処が遅れれば、魔物は街を襲撃するだろう。

 フリッカは悔しがりながらも、リレイオに向けていた手を下げる。

「そう。それで良いんだ」

「……わたしが、リレイオと一緒に行けばいいんでしょ? そうしたら、誰も被害者を出さないでしょ?」

「もちろん、フリッカにはボクと一緒に来てもらう。でもさ、ボクって心が狭いから、フリッカがボク以外の存在を気にかけるって嫌なんだよね」

「リレイオしか見ないって約束する」

「そうじゃないんだよねえ。時の遡りが成功して、フリッカはフェンゲルドムに収監されなかったでしょ? だからフリッカが親しくなる人も増えちゃってさ。フリッカがボクだけを考えるようにするのは、ぜーんぶ消しちゃわないと」

「そんなことをしたら、わたしはリレイオを一生許さない」

「そう! それ! 恋愛なんて薄っぺらい感情じゃなくてさ、恨みって良いよね。ただ一途にボクのことを想ってくれる」

「狂ってる。わたしに恨まれたいために、数多くの無関係の人を巻きこむの!?」

「理想は、ディーアギス大国の全てを消し去って、この島国をボクとフリッカでまた国を作り上げることだよね。検証も兼ねて子供をたくさん作ってさ、島民全員が四属性持ちだったらいいなあ」

 リレイオに何を言っても通じない。何か対策があるとすれば、リレイオがまだ実行に移していないという事実だ。

「……それで、いつ実行するの」

「教えてあーげない。そんなことしたら、フリッカなら対策できちゃうでしょ?」

「やっぱり、今すぐにはできないんだ?」

「そうだよ? あいつを作り出すのは、大分骨が折れるからね」

 五年前にも作り出した魔物だろう。ノエルは五年前の出来事の生き残りだ。聞いたら、何か掴めるかもしれない。

「絶対に、リレイオの企みなんて阻止するんだから」

「楽しみに待ってるよ」

 フリッカはリレイオの前から去り、今後の対策を考えることにした。

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