6.6
「
煙と足跡を出す追跡魔法を発動させた。討伐隊の庁舎は何人もの魔術師が通勤している。その中から暗紅色の煙と足跡を追いかけた。
火と土の属性を持った魔術師はたくさんいる。その中でリレイオだけ見つけるのは至難の業だ。
しかし追っている内に、おかしなことに気がついた。いくつか追っている痕跡の内、一つだけ何度も振り返っているのだ。まるで背後を気にするように、道の中央で止まったり曲がり角で少し留まっていたりする。その痕跡は一番色が濃い暗紅色のため、恐らくこれを辿ればリレイオに追いつけるのだろう。
痕跡に確信を得たフリッカは、その痕跡だけを夢中になって追いかけた。だから気づかない。いつの間にか街の外へ出ていたことも、外へ行くまでの道が人目につかない道筋だったということも。
痕跡を追いかけ、暗紅色の足跡が止まったのを見て、フリッカが顔を上げる。岩山に座るようにして、リレイオが待っていた。
「どうしてここがわかった?」
「それは」
「なーんて、聞かなくてもわかっている。追跡魔法を教わったんでしょ? やっぱり四属性って良いよね。他人の精霊魔法を自分流に応用できる」
追跡魔法は、ナタリーとオロフから教えてもらった。そして二人は警邏隊に所属している。その隊長はヒューイで、ノエルと仲が良い。
「……ノエルさんに何かしたの?」
「あいつって、フリッカの何? 名前を呼び合うような仲なの?」
「ち、ちがう。ただノエルさんは、魔物に襲撃されたときに討伐してくれて、心配してくれているだけ」
「嘘つきだね、フリッカは。知ってるよ? あいつの姿絵、飾っていたでしょ」
「やっぱり、リレイオがわたしの部屋に入ったんだ」
「あ、ばれてた? さすがボクが認めた魔術師だね。ルヴィンナにフリッカが借りる部屋を仕向けさせて、魔物だって仕掛けたのに」
「鍵は? どうやって入ったの」
「あの部屋、前にルヴィンナが使っていたんだよね。だから鍵なんてどうとでもなる」
借りるときは鍵を渡されている。ルヴィンナとは四つ年が違う。フリッカが入るまでに複製できる時間はいくらでもある。
「……ルヴィンナも、共犯なの?」
「んー、共犯かって言われたらそうかもね。ボクの言うことは何でも聞いてくれるから」
リレイオはフリッカよりも六歳年上だ。だからフリッカよりも確実に大人のはずなのに、話し方に違和感がある。まるで子供に退行しているかのような、好奇心だけで話しているような、そんな口調だ。
「ルヴィンナの気持ち、知っていて利用したの?」
「利用って言い方は好きじゃない。ルヴィンナが、自ら申し出てくれたんだ。ボクと夫婦になりたいから、協力したいって」
「ルヴィンナは、ずっとリレイオのことが好きだったのに……」
「好きって、何それ楽しいの? 恋愛なんて魔術を極めるのに全く必要ないじゃん」
「必要ないかなんて、恋愛をしたこともないようなリレイオにわかるわけない」
「フリッカにはわかるんだ? それなら恋愛の大先輩に教えてほしいな。恋愛をしていたら、好きな人の命が危険な時ってわかるもの?」
「なにをしたの!?」
「さあーねー。何をしたと思う?」
おどけるように笑うリレイオは、何か確信があるようだった。しかしフリッカには、リレイオが何を仕掛けたのかわからない。
「考えているみたいだけど、急いだ方がいいかもよ? できあがった回復薬って、あいつのところへ持っていくんでしょ?」
リレイオの発言を聞き、フリッカは瞬時に飛行魔法を発動する。「さっすがー。フリッカはやっぱり無詠唱で発動できるんだねー」そんな呑気なリレイオの言葉なんて気にならないほど、フリッカは飛行魔法を重ねがけする。一度だけ発動するよりも速度が上がり、上昇気流で降る雨が追いつかないほど速く移動した。
そして討伐隊庁舎の敷地内にある訓練場の上で飛行魔法を止め、落下していく。地面に衝突する直前に水と風で水流を作って着地した。そのまま庁舎の中へ走り、ノエルを捜す。
気絶していたはずのノエルは玄関ホールにいない。どこへ行ったのかと、魔術師たちの仕事部屋へ駆けこんだ。そこには仕上がっていた回復薬が入った箱を他の魔術師と一緒にノエルに渡そうとしているエドラがいた。
「
箱に手を向け、凍らせる。焦っていたために箱を持っていたエドラたちの手も一緒に凍らせてしまった。
「フリッカ!? どうしたの急に」
「ごめん、エドラ。すぐに解放する」
凍結させた箱は溶かさないように気をつけながら、エドラたちの手だけ解凍した。そうして凍結させた箱の中身を確認する。
(どれ!? どれがリレイオが作った器!?)
十何本も入っている回復薬は、どれも同じ見た目に見える。リレイオの属性は火と土。だから何か仕掛けるとすれば、器に細工をしているはず。
「フリッカ。何か捜しているなら教えてもらえれば、一緒に捜すよ」
先に一本取って確認していたのか、ノエルはよく見ないとわからないほど薄赤い容器に入れられていた回復薬を持っていた。その回復薬が、かなり遅い感覚で明滅している。
「ノエルさん!」
フリッカはノエルからその回復薬を奪い取ると、換気のために開けられていた窓から投げ捨てる。地面にぶつかった瞬間、ボンッと小さな爆発が起きた。
「え、爆発?」「どういうこと?」「あれ、回復薬だよね」
働いていた魔術師たちが混乱している。そんな中、エドラが聞いてきた。
「フリッカ。どうしてあれが危ないってわかったの?」
質問され、すぐに答えようとした。しかし突然の雨音が聞こえ、思わず口をつぐむ。
「あれ? どうかしたんですか」
まるで他人事のように、にこやかな顔でリレイオが入ってきた。そしてそのまま、フリッカに近づき耳元で話す。
「間に合ったでしょ?」
「っ、ま、まさか……」
まるで爆発する時機は思い通りにできるかのような発言に、フリッカはリレイオを見る。それは端から見れば、誰にも聞かれないような内緒話をして見つめ合っているかのように見えるだろう。そんな現場に、ルヴィンナが来てしまった。
「……フリッカ? なぜリレイオと見つめ合っているの」
「ち、ちがう! そういうことじゃ……」
「今夜話をしようか。あの場所で待っている」
またフリッカの耳元で話したリレイオは、そのままルヴィンナと一緒に庁舎を出て行った。
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