6.4


「これで完成なんだけど……」

 ちらりと、フリッカはルヴィンナを見た。机に突っ伏しているが、規則正しく体が上下している。フリッカが記憶しているルヴィンナよりも明らかに過労働していた従姉妹を、もう少し休ませてあげたかった。

 休むとなれば体を横にできた方がいい。しかしフリッカは魔力量はあるが筋力がない。風を使ったら運べるかもしれないが、そんな繊細なことができるならエイクエア諸島年末の行事ではもっと活躍できていたことだろう。

「んー……婚約者だけど、リレイオはやらなそう……? かといって兵士の誰かに頼むのも、後々問題になりそう。ここは、ノエルさんに頼む……?」

 討伐隊隊長のノエルは、筋力は十分にある。それはノエルがルヴィンナを抱き上げるということになり、フリッカが嫌だ。しかしルヴィンナを気遣うのならば、自分自身の気持ちなんて二の次にしなければいけないわけで。

「ぬーん……どうしよう……」

「何を唸ってんだ」

 自分の気持ちとルヴィンナへの気遣いで悩んでいたら、リレイオが現れた。ノエルから場所を聞いたのだろう。

「リレイオ? 作業終わったの?」

「回復薬を作る係がへばった」

「そうなんだ? リレイオは平気?」

「全然問題ない」

 話している最中、一瞬リレイオの周囲が歪んだ。まるで靄がかかっているかのような光景に思わず目を擦る。しかしもう一度見てみたら、正常に見えていた。

 フリッカに自覚がないだけで疲れているのかもしれないと思い、リレイオにルヴィンナの移動を頼む。

「何でボクが」

「なんでって、婚約者でしょ? ルヴィンナ、ちょっと無理してたから寝かせたの。リレイオは、少なくてもわたしよりも力持ちでしょ」

「……わかった。どこに運べばいい?」

 少し微笑んだかのように見えたリレイオの気持ちが変わらないうちに、フリッカは部屋を見回して長椅子を見つけた。

 リレイオはフリッカの予想に反してルヴィンナをしっかりと抱き上げ、長椅子へ横たわらせる。

「……細く見えるけど、リレイオも男の人なんだね」

「見直したか」

 ふふんと胸を張る姿がおかしくて、フリッカは思わず笑ってしまう。

「なにそれ。リレイオってば、変なの」

「変とは失礼な。ボクだって男なんだからやるときはやる」

「そうなの?」

「そうだよ」

 リレイオとの会話が続いていた。まるで昔から仲が良かった間柄のように、他愛のない内容で盛り上がっている。

 そこへ、様子を見に来たノエルがやってきた。

「進捗はどうかな」

「あ、はい。渡された分は終わったんですけど、ルヴィンナが疲れちゃったみたいで。わたしは問題ないんですけど、ルヴィンナって真面目だから、後で自分だけ仕事量が少ないって知ったら怒ると思って報告しませんでした」

「フリッカだって疲れているんじゃないのか」

 言いながら、リレイオがフリッカの頭を撫でてきた。その瞬間、猛烈な違和感を覚えて、思わずリレイオを凝視する。

「な、何だよ」

「あれ、ちょっと待って……えっ??」

 フリッカは、。それは、おかしな話だ。一度目、二度目といろいろあったから、フリッカはリレイオを避けていたのだ。部屋に侵入した容疑者の一人でもある。楽しく話すなんてあり得ない。

(ルヴィンナにだって……リレイオと比べたら、疑いの気持ちは少なくなっていたけど……)

 ルヴィンナへの疑いが完全に晴れたわけではない。だからこうして討伐隊の庁舎まで同行したのだ。従姉妹への気遣いはあって当たり前だが、同じ部屋で作業をしているときにルヴィンナが燻製に何か仕掛けるなんてことを考えもしなかった。

(……なんか、思考を操作されているような気がする……)

 違和感に気づいた瞬間、寒気がした。もしノエルが来ていなかったら、きっと今もリレイオとの話を続けていただろう。

「フリッカ。寒いようならフリッカも休んでほしい。何か温かいものを持ってこようか」

「あ、はい。お願いします」

 ノエルが部屋から去って行く。そしてフリッカは、リレイオを睨みつけた。

「わたしに、なにをしたの」

「何って、何だよ。意味不明だな、フリッカも疲れてるんだよ。休め」

 そう言って、リレイオも去って行った。その背中を睨みつけていると、ノエルがホットミルクを持ってきてくれる。礼を言って受け取り、ほっこりと温まる感覚に安心した。

「今日のところは、もう終わりにしようか」

「いいんですか?」

「ああ。急ぐ仕事ではないし、あれば便利だと思ったからね」

「携帯食って、魔物を討伐するときに持っていくんですか」

「それもあるし、訓練中に手早く食事を済ませたいときも活用している。手作業で燻製を作ると時間がかかっちゃうからね。嗜好品なんだ、燻製は」

「そうなんですね……あの、ルヴィンナが燻製を作れるって、リレイオから聞いたんですか」

「そうだよ。だから討伐隊で働かせてほしいって言われたんだ」

 ノエルの言葉に、違和感を覚えた。

 ノエルは、街中で偶然出会ってから、比較的フリッカと一緒にいてくれたように思う。もちろんフリッカと別れた後は本来の仕事があるはずだ。ノエルは貴族だし、伝書鳩を利用することもあっただろう。

(もし、手紙に書いてあったとしても、言われたって表現するかな。手紙をもらったって言えば済む話だよね)

 言われた、とはつまり、直接会ったということになる。対面して話したなら、リレイオはもっと早くフリッカの前に現れていたはずだ。二度目の人生のとき、宿屋を一軒一軒回ったほど、リレイオはフリッカに執着しているのだから。

 何より、リレイオとノエルの接点がわからない。リレイオは二年前にディーアギス大国から出ている。ルヴィンナの婚約者として一緒に来ることが仮にあったとしても、討伐隊の隊長であるノエルとは接点がない。

(そう。それこそ魔物が出た現場にリレイオがいないと……)

 一つの可能性を思いつき、フリッカは考えこみながらノエルを見た。じーっと、まるで何かを観察するかのようにずっと見る。するとノエルが、さっと顔を背けた。

「そんなにじっと見つめられると、恥ずかしいね」

「あっ、ご、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていて」

「そ、そうか。フリッカは確かに、よく考えこんでいるね」

 見つめられていると思ったのは僕の勘違いか。そんな呟きは、再び考え始めたフリッカの耳には届かない。

(仮に、わたしの部屋に侵入した犯人がリレイオだとしよう。ノエルさんはあの日、わたしが寝る前には戻って来なかった)

 ノエルと話したいことはマリンに伝えてあった。もし夜に戻ってきていたとしても、朝には話せていただろう。しかし、ノエルと話せたのは翌日の昼。警邏隊との連携を考えるとあり得なくはないが、ノエルなら家に戻ってきたなら顔ぐらい出してくれていたはずだ。

 ムールビーが出たあの日、翌日の昼まで戻ってこなかったノエル。それからほとんどの時間をフリッカと過ごしてくれていたのに、まるでリレイオと直接会って話したかのように言った。

(……犯人が、わかったかも)

 今はまだ、推測を重ねただけだ。それに思考を操作できるような精霊魔法なんて、四属性を扱える唯一の魔術師であるフリッカも知らない。いや、フリッカが知らないだけなのかもしれない。四属性が扱えるということは、術者が望めばどんな精霊魔法も発動できるということだ。犯人を追う、のように、生活に関わらないことは思いつかない。

(……確かめてみなくちゃ)

 四属性扱えるというのは、髪色を見れば明らかだ。

 フリッカはノエルにホットミルクが入っていた木杯を渡し、部屋から去って行ったリレイオを追いかけた。


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