6.3


 庁舎に着き、四人が馬車を降りた。前回歩いて来たときはフリッカが好奇の眼に晒されていたが、今日は七割方ルヴィンナに注がれている。

「なんで隊長ばっかり……」「っはー。目の保養だな」「こっち見てくれないかな」

(ルヴィンナ、美人さんだもんねぇ……)

 秋の風にふわりと広がる木賊色の髪は癖のない長髪で、体つきもフリッカとは真逆で女性らしい。すらりと背も高く、フリッカと並ぶと大家族の長女と末っ子ほど違う。

「リレイオ君、サージュ嬢。こちらへ」

 ノエルが先導し、庁舎の中へ入っていく。リレイオとルヴィンナの後ろからフリッカも追いかける。

 進んだ先は、討伐隊に所属している魔術師たちの仕事部屋のようだ。リレイオのような火と土属性の魔術師は回復薬を入れる器を作り、土と水の魔術師は回復薬を生成している。

「フリッカ! どうしたの」

「エドラ! 今日も出勤なんだね」

 回復薬を生成したエドラが、額に浮かんだ汗を拭って顔を上げる。そのときフリッカと目が合い、笑顔で駆け寄ってきてくれた。フリッカが説明する前に、ノエルが伝える。

「今日からしばらくの間、討伐隊で働いてもらうリレイオ・シィルルエ君とルヴィンナ・サージュ嬢だ」

「よろしくお願いしますわ」

 リレイオはルヴィンナのように挨拶せず、頭を少し動かしただけだ。どこか気取っているように見える様子に、そういえばこんな男だったと思い直す。リレイオは、基本的に感情を表に出さない。むっつりしていることが多いから、二度目の死に戻りのときに対応が柔らかくてフリッカは戸惑ったのだ。

「それではリレイオ君はこの部屋で仕事をしてくれ。サージュ嬢とフリッカは、僕についてきてくれるかい?」

「わかりました」

 ルヴィンナはリレイオと一緒にいなくてもいいのかと思ったが、ルヴィンナの属性は土と風。器も回復薬も作れない。

 ルヴィンナとフリッカで何をするのかと思っていたら、庁舎内にある厨房の隣の部屋まで移動した。

「リレイオ君から、サージュ嬢は燻製を作れると聞いている。魚と肉を切り分けてもらうから、ここで作業をしてもらえるかな。そうそう、フリッカへの給金もきちんと払うから安心してほしい」

「は、はい。それは別に心配していませんが……」

 厨房へ行ったノエルの発言に、フリッカは首を傾げた。

(……なにか、おかしい。ルヴィンナの属性とできることまで、あのリレイオが言うかな?)

 フリッカが記憶しているリレイオは、とにかくぶっきらぼうな男だということ。感情を表に出すことはないし、他人が動きやすいような配慮をすることもない。そんなリレイオが、まるで全ての物事を用意していたかのように動いている。

 リレイオやエドラたちがいる部屋の方を見つめるルヴィンナの木賊色の瞳は、少し靄がかかっているような気がする。もしかしてリレイオが何かしたのではないかと考えた。

「ねぇ、ルヴィンナ。リレイオとの生活はどう?」

「とても楽しいわ。こうして、一緒に働こうと誘ってくれたもの」

 結果的にはそうだが、楽しいというわりには現状のことしか言っていない。リレイオが二十二歳、ルヴィンナが二十歳。二十一歳になる前からすでにルヴィンナはリレイオと一緒にいることを選んでいる。ルヴィンナは、前からリレイオのことを想っていた。だから今は、長年の気持ちが成就した幸せな時期だと思うのに、ルヴィンナからはそんな雰囲気が感じられない。

「ねぇルヴィンナ」

 本当に楽しいのかと聞こうとしたら、ノエルが厨房から切り分けた肉や魚を持ってきた。両手で持つ盆の上にはそこそこの量が載せられている。

「これが終わったら、また持ってくるから教えてほしい」

「わかりました」

 盆を机の上に置くと、ノエルは部屋から出て行った。

「さ、仕事よ。ぼさっとしていないで、さっさと終わらせるわよ」

「う、うん……」

 ルヴィンナが作業を開始する。きちんと詠唱するルヴィンナと比べ、フリッカはほぼ無詠唱で燻製作業をしていた。だからフリッカの方が量を多くこなせるのは当たり前のことなのだが、それはフリッカの魔力量が他の人よりも多いからできることでもある。

(ルヴィンナ、いつの間にか魔力量が増えてる……)

 魔力の底上げをしない限り、魔術師の魔力量は限界がある。フリッカは二度目の知識を生かし子供のころから底上げをしてきた。しかし普通は、一度精霊魔法を使ったら休憩する。そうしてまた使えるようになってからまた発動しているはずだ。

 三度目の人生で、フリッカはリレイオと関わりを極力減らすと同時にルヴィンナとも最低限にしていた。恋愛相談をされるときぐらいしか話すことはなく、ルヴィンナの現状を知らない。しかし作業を始めて二十分。通常であれば休憩を挟む時間になっても、ルヴィンナは手を止めない。

 魔力量は、術者の精神力と精霊との相性に依存すると言われている。精神力に関しては、フリッカのように何度も死に戻りをして経験が豊富になっていない限り、年相応のものだ。

 そして、精霊魔法を使うということは、術者の精神力も使うということになる。礼唱で精霊に魔力を提供し、精神的にも疲労していく。だから、休憩を挟まないといけないのだ。

 それなのに、ルヴィンナは作業し続けている。

「ルヴィンナ。ちょっと休んだ方がいいよ」

「平気よ。フリッカにできて、あたしにできないことなんてないんだから」

「いや、そういう問題じゃないと思うけど……倒れる前に休んで」

「ほっといて! あたしは、仕事をしているの!」

 強制的に休ませようとしたら、手を振り払われてしまった。ルヴィンナの木賊色の瞳に、はっきりと怒りの念が見える。

 何か強い気持ちに突き動かされているように感じて、フリッカは恐怖を覚えた。ルヴィンナの意思に関わらず、このままでは肉体が限界を迎えてしまう。

(……誰も、死なせない)

 一度目の人生で、フリッカは何人もの命を弄んでしまった。だからよく知る相手なら尚のこと、長寿を全うしてほしい。

 一心不乱に燻製を作っているルヴィンナの身を案じ、フリッカは四属性を惜しげもなく活用する。

(今は、強制的でも少し休んでもらわないと)

 ルヴィンナにばれないように催眠効果のある薬を作り、手巾に染みこませる。そして黙々と作業しているルヴィンナの背後に回り、口元に当てた。

「なに、を……」

「ごめんね、ルヴィンナ。少し休んで」

 催眠の効果はすぐに現れて、ルヴィンナは机に突っ伏すように寝た。そのとき持っていた切り身が床に落ちてしまい、慌てて拾う。

「あぁ……これは給金から差し引いてもらおう」

 拾った切り身を離して置き、残りの肉や魚を燻製にしていく。そうして、フリッカが八割、ルヴィンナが二割作った燻製が完成した。


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