5.6


「現場へ行くなんて危険だ。許可できない」

 翌日。昼食時、ノエルに一度部屋へ戻りたいと伝えた。

「着替えは僕が用意させるし、他にも何か必要な物があれば全部揃えるよ」

「いえ、そういうわけにもいきません。お部屋をお借りしているので、料金も支払いたいんです」

「鳩合便だね? 大衆食堂の女将さんからは何も話を聞いていないよ」

「……仕事がないならよけいに、他も考えないと。ナタリーたちから、魔術師の求人情報があると教えてもらったんです。部屋の料金は二月分ほど前払いしていますし、そこを拠点にして働かないと生きていけません」

「いや、そうは言っても……そうだ。ちょうど出そうとしていた求人がある。それをやってもらうのはどうかな」

 そう言うと、ノエルは手早く昼食を済ませた。そしてフリッカには、食べ終わったら鳩合便の話をしていた部屋に来てほしいと言い残す。バタバタと慌ただしく部屋を出ていったノエルを見て、フリッカも昼食を手早く済ませる。そして、ノエルを追う。

 部屋に入ると、急かしてしまったようですまないねと謝罪を受けた。これが依頼したい仕事だと、紙を渡される。

「害虫駆除剤製作……ムールビー対策ですか」

「そう。サージュ嬢が見せてくれたように、魔物になり得る虫は先に駆除しておきたいからね。今、一番街から五番街の各街の警邏隊と国全体で蜂の巣を捜している。見つけ次第駆除していくことになっているんだ」

「わかりました。数は……合計千本ですね。ちょっと待っていて下さい」

「数が数だからね、急がなくていい。まだ巣を見つけたわけじゃないから」

 ノエルの話を聞きつつ、フリッカは両手に二属性ずつの魔力を練り上げる。簡易魔法紙はあくまでも一枚一属性。また作ればいいから消費してもいいのだが、時間がかかってしまう。だから、直接作ることにした。

「すみません。蜂ってどういうものが苦手ですか」

「酒で酔わせたり、粘性のある水で羽を機能不全にしたりするけど……」

「わかりました。駆除剤、で、いいんですよね?」

「あ、ああ……」

 ノエルから話を聞きつつ、練り上げる属性を変えていく。

(煙を出したいから土と風を基本にして、蜂だから甘い物が好きでしょ。だからまず四属性で林檎を作り出すでしょ、それから……)

 右手で土と風を出しつつ、左手の指の先で四属性の力を出すように魔力操作をする。そして生成した林檎を燻し、右手と合わせた。そうすると林檎が霧状になるため、それを風で攪拌していく。

 フリッカの手際に口を挟めないノエルは、製作の様子をただ見守る。そして流れるような作業にノエルが見入っている間に、一本目の駆除剤が完成した。

「で、これを千本分複製!」

 短すぎる詠唱を終えると、部屋の床に千本の駆除剤が並んだ。噴射口の近くには、握り込む箇所もある。

「こんな感じでいいですかね? 駆除しやすいように、ここに手を置いて握ってもらえれば薬剤が霧状に噴射されるようになっています」

「……すごい。サージュ嬢は、本当にすごいね」

「ありがとうございます。初めて作ったので、効果を確かめてください。それで大丈夫そうなら、えーと、一、十……七万五千リリイを報酬としていただければ」

 依頼書を指差しながら金額を確認した。一月の家賃が二千三百リリイだから、ノエルの部屋を一室借りている料金も支払える。何なら、二年以上は働かなくても家賃を払える金額だ。計算してみて、改めて大きな依頼だったのだと気づく。

「すごい。国が絡むと、これだけの報酬をもらえるんですね」

「あ、ああ……さすがに、この金額を一括で支払えない。何回か分割で渡すことになるかな」

「了解です。ちゃんと薬剤がきいてくれるといいんですけど」

「協力、感謝する。早速、各警邏隊に渡しておこう。これぐらいの量だと、鳩合便は何便でどれくらいの数が必要になるのだろうか」

「そうですね……ちょっと待って下さい。計算してみます」

 中身が入っている薬剤はそれなりに重い。フリッカの前腕部ぐらいの大きさがあるため、一括で運ぶとなると最大の荷箱便でも十何箱も必要になる。それを五つの街に分配するとどうなるか。

「……えっと、ちょっとよくわからなくなったので、一つの街に届けるのに千リリイいただきます」

「千リリイ!? えーと、それは荷箱便でも十箱ということだよね。さすがにそれは駄目だ。もっと請求してほしい」

「大口割引ということで」

 ノエルが慌てて鳩合便の料金表を見た。そして金額の訂正を求めたが、フリッカは計算するのが疲れてしまったため拒否する。

 フリッカが笑顔のままなので、ノエルも値段交渉を諦めてくれた。

「サージュ嬢の計らいに感謝する。この恩はいずれ返すから」

「いいえ。まずは、わたしが作った薬剤が蜂に効くかどうか試してもらわないといけないので」

 効果ばかりは、フリッカにとっても未知数だ。実際に使ってみてもらいたい。そう思っていると、ヒューイがやってきた。早速ノエルがフリッカ作の薬剤を渡す。


 その日の夕方。フリッカは、しばらく生活資金に困らないようになった。




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