5.5


 フリッカは三度目の人生で、今回が一番精霊魔法を勉強した。しかしそれは生活の中で必要だと思ったから知識を深めたり、それに関連することを想像して様々な応用方法を考えている。犯人を追う、という限定的な方法は全く思いつかなかった。

「……フリッカちゃんに教えることがあるのかどうかわからないけど、私のやり方を伝えるね。私は風を扱うから、精霊魔法が使われたと思われる場所に風を当てるの」

 首を傾げるフリッカを見て、ナタリーが少し場所を移動する。その場所は、先程フリッカがムールビーを作りだした場所だ。その箇所へ手を向ける。

「ルフト様に願い出ます。私、ナタリー・ソパーは、魔力探索をするため、力をお借りします」

 詠唱が終わると、ふわりと煙のような物が出現した。その漂う暗緑色の煙が、フリッカの周囲をぐるぐると囲む。

「ルフト様、お力添えに御礼申し上げます。微力ながら私、ナタリー・ソパーの魔力を献上いたします」

 礼唱を終えると、ナタリーが立ちくらみをしたように少し足下がふらついた。フリッカが駆け寄り、慌てて支える。

「ありがとう、フリッカちゃん。どうだった? 私の煙追魔法ポリスコルは」

「すごかった! あんな風に煙に色もつくなら、追いかける相手が魔術師なら、属性で犯人を絞りやすい!」

「え?」

「え、って、えっ??」

 ナタリーと話していると、オロフが首を傾げた。ナタリーは驚いたように目を見開いている。そんな反応をされて、今度はフリッカが首を傾げた。

「フリッカさんは姉さんの精霊魔法が見えたんですか」

「え? 見えるよ?」

「フリッカちゃんは、やっぱり全人類が崇拝すべき至高の手本だね。普通は、術者以外は魔法が見えないはずだよ。風と火を合わせて飛ぶのも、術者が浮いた後雨が降って認識するぐらいだし」

「え、本当に? でも、ナタリーさんは術者だから煙の色も見えるよね?」

「残念ながら、術者の私でも煙の色まではわからない。それがわかれば、煙追魔法だけでかなり犯人を絞れる。それができないから、犯人確保まで時間がかかるの」

「ぼくも警邏隊へ入ったことで、その時間も短縮されたんですけど……」

 今度は、オロフが精霊魔法を見せてくれるようだ。オロフもフリッカがムールビーを作り出した場所へ手を向ける。

「ヨド様に願い出ます。ぼく、オロフ・ソパーは足跡を追うため、お力をお借りします」

 詠唱が終わると、ナタリーの煙追魔法と同じように緑と黒の足跡が浮かび上がった。それはフリッカが動いた跡を辿るように動く。そして、フリッカの目の前で両足を揃えるような向きになった。

「ヨド様、お力添えに御礼申し上げます。微力ながらぼく、オロフ・ソパーの魔力を献上いたします」

 礼唱を終えると、オロフは立ちくらみを抑えるかのように足に力を入れ、直立した。

「……ふぅ。こんな感じです。足跡の動きを追うようにフリッカさんも見ていたように思いますが、ぼくの履痕魔法ポリベスティも見えましたか」

「見えたよ。これも、緑と黒の足跡だったけど……」

「やはり、フリッカさんは全世界の叡智を結集させても二度と存在し得ない奇跡ですね。術者本人よりもよく見えている」

 オロフは少し悔しそうに、しかしそれ以上に誇らしげな顔をした。

 精霊魔法を惜しげも無く披露してくれた二人に感謝し、その礼として簡易魔法紙を渡す。

「お二人のおかげで、わたしが知らなかった精霊魔法を知ることができた。お礼に、簡易魔法紙を贈りたいんだけど、何属性がいい? 何枚でも、複数属性でもいいよ」

「いや、いやいや! フリッカさん。その魔術師の叡智の結晶のような簡易魔法紙を、そんな簡単にあげちゃ駄目です!」

「えー、私は火属性が欲しいな。空を飛ぶの、夢だったんだ」

「わかった。何枚? 十枚くらいでいいかな」

「い、いや! 一枚でいいよ!」

「そうなの? いっぱいあった方がたくさん飛べるよ?」

「いや、本当に一枚でいい! 自分の力以上のものは身を滅ぼすから!」

「そう? それじゃぁ、ナタリーさんは火属性を一枚だね。オロフ君は?」

「……ぼくも、火属性を一枚お願いします。この前、姉さんが食器を壊してしまったので」

「フリッカちゃんにばらさないで!」

 ナタリーがぽこぽことオロフを叩いている。自分のためではなくナタリーのために精霊魔法を使うのだなと思うと、仲の良さに思わず笑みがこぼれた。

「ほらー、フリッカちゃんに笑われちゃったじゃん!」

「姉さんが部屋で暴れなければいい話でしょ」

「二人は一緒に暮らしているんだね」

「警邏隊に宿舎があるんだ。部屋の数も限りがあるから、家族は大体、よっぽどの理由がないかぎりは同じ部屋にされるかな」

「そうなんだ。二人は初めから警邏隊で働きたいと思っていたの?」

「んー、私は魔術師向けの求人情報から、自分が力を発揮できる場所を選んだかな」

「ぼくは、姉さんが警邏隊に入っていたから」

「……え、ちょっと待って。魔術師向けの求人情報なんて、初めて聞いた」

「そうなの? 三番街の宿屋ならどこでも貼られているよ。この街は、エイクエア諸島から来る魔術師が一番利用するから」

 一度目は脱獄して貴族の家へ、二度目は同胞に遠慮して四番街へ。そして三度目は、ルヴィンナから薦められた貸部屋店で部屋を借りた。求人情報に触れる機会がなかったはずだ。

「フリッカちゃんは鳩合便をやっているんだよね。私も今度利用させてもらおうかな」

「うん。よろしく」

 そろそろ行くねとナタリーたちが地下の石室から出ていった。

(わたしも、まだまだだな)

 三度目の人生で、一番効率よく動けていると思っていた。しかし実際は、かなり遠回りしているような気がする。

 効率って何だろう。そんなことを考えながら、間借りしている部屋まで戻った。


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