5.7


 翌日。生活資金の心配はなくなったが、フリッカは自室へ行きたいとノエルに相談した。反対されたがどうしても行きたいからと粘り、ノエルが同行する形で行けるようになった。

 現在蜂を見つけ次第駆除剤で駆除しているが、何があるかわからない。ということで、本日のノエルは帯剣姿だ。また、部屋の中で剣を振るうと逆に動けなくなる可能性もあるため、ナイフも携帯している。

(ふゎぁ……かっこいい)

 身長差のあるフリッカの歩く速度に合わせてくれるノエルは、広場で馬車を降りてからずっと道行く人の視線を集めていた。その中にフリッカが混ざってもばれないかもしれないと思い、半歩後ろに下がってノエルを見る。

「ん? どうかしたかい?」

「い、いいえっ」

 時折フリッカが見ていることがばれてしまうが、目が合うとすぐにそらしてしまう。だからフリッカは知らない。フリッカの初々しい姿を含めて街の人たちが見ているということを。

 フリッカの部屋が入っている建物まで来ると、ノエルが先導して階段を上っていく。部屋の鍵は調査で必要ということで、ヒューイに預けておいた。ノエルはそれを受け取っていたのだろう。鍵を開けて部屋に入った。

 調査で何度も人が入っているだろうに、ノエルは慎重に中の様子を窺っている。誰かが入ったことは明確だが、ここにフリッカは今いない。荒らすものもないはずだが、と思っていると、ようやくノエルが緊張を解いた。

「大丈夫みたいだ。サージュ嬢も中に入っていいよ」

「ありがとうございます」

「それで、今日はなぜここへ来たんだい?」

「あ、はい。ナタリーさんとオロフ君から犯人追跡のやり方を教わったので、試してみようかと」

 わかったと頷いたノエルが、フリッカに道を譲る。あれから三日経っている。もしかしたらもう痕跡は消えてしまっているかもしれないが、何事も試してみなければわからない。

 右手に風を、左手に土の魔力を練り上げて、ムールビーがいた箇所へ精霊魔法を放つ。

煙追履痕ポリポリ!」

 どうせなら二人が使った精霊魔法を合わせてみたらどうかと思い、名前を借りた。しかし追跡魔法は時間が経つと効力を発揮しないらしい。黒いぼやけた足跡は、部屋の中でぐるぐると回るだけだった。

 それを目で追っていたフリッカの動きを見たノエルは、期待の眼差しで聞いてくる。

「サージュ嬢。何かわかったかい?」

「いいえ。残念ながら、犯人は特定できませんでした」

「そうか……いや、しかし気にすることはない。時間が経っているし、痕跡も消えてしまうのだろう」

 正確に言えば、黒という色は認識できた。ソパー姉弟曰く、色つきでは見えないということだから、黒――土属性を持った魔術師が侵入者ということになる。

(リレイオは火と土。ルヴィンナは土と風。だからまだ、二人のどちらかが犯人の可能性がある。でも土属性ってだけなら、他にもいる。だから犯人じゃない可能性だってあるけど……)

 他人の部屋に侵入するのだ。エイクエア諸島の魔術師は全体的に親戚のような付き合い方をしているとはいえ、フリッカと縁のない人が危険を冒してまで行動するとは思えない。

 考えこんだフリッカを見て、ノエルは犯人を特定できなかったことで落ちこんだと思ったらしい。ぽんと手を打って明るい声で提案してくれる。

「そうだ。確か近くに、美味しいと評判の店があるんだ。サージュ嬢は、甘い物は大丈夫かい?」

「はい。大好きです」

「っ、そ、そうか。それならすぐにその店へ行こう」

 ノエルが少し言葉を詰まらせ、かつ早口になっていることに疑問を持ったが、フリッカは足早に動くノエルについていく。

 ノエルが進む先は、広場を挟んで反対側にある店のようだ。店先にいくつか席があり、日差し避けの屋根も伸びている。広場を通ろうとしたとき、ピューッと一瞬冷たい風が吹いた。そしてあっという間に、激しい雨が降る。

「サージュ嬢! こっちへ!」

「は、はいっ!」

 手を差し出されて思わず握ってしまってから、フリッカは手汗をかいていないか心配してしまった。しかし今は雨が降っている。もし手汗をかいていても指摘されないだろう。

 剣胼胝けんだこがついたノエルの手は硬く、ぶ厚かった。こんなにも違うものなのだと、軒下に逃れたフリッカは自分の手を見つめる。

「あれ? もう止んだみたいだ。通り雨だったのかな」

 ノエルが軒下から出て空を見上げる。フリッカも同じように軒下から出ると、ジャリジャリとまるで存在を主張するかのような足音が聞こえた。そちらを見る。

「……リレイオ……」

「これからしばらく、ルヴィンナと一緒にここで暮らすから」

 リレイオとルヴィンナがやってきた。ルヴィンナはリレイオの後ろにいて表情がわからないが、リレイオは満面の笑みを浮かべている。

 フリッカの部屋に侵入した可能性のある人物二人が、やってきた。


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