5.3

 翌日。ノエルと話せたのは昼食時だった。そこで一緒に昼食を取りながら、調査の進捗を聞く。

「警邏隊所属の魔術師によると、サージュ嬢の部屋を荒らした犯人は、海を越えていったらしい。しかも、ムールビーの痕跡を辿ると、荒らした犯人と同じ方向へ行ったようだ。荒らした犯人と、ムールビーを用意した犯人は同一人物だと考えられるね」

「同一人物……」

「残念ながら海の向こうへ逃げられてしまっては、ディーアギス大国の法で裁けない。犯人も、それがわかっているのかもしれない」

 海を越える犯人。フリッカの頭の中には、二人の人物が浮かぶ。

(……考えたくはないけど、犯人は、リレイオなのかな。それとも……)

 ノエルは、ムールビーが用意されたものだと言った。それはつまり、外からムールビーがやってきたのではなく、誰かがムールビーを持ってきたということになる。

(……一度目のとき、死んでしまった人に魔力を注いだらデューダンデになった。もしかしたらムールビーも、蜂の形をしているから同じようなことができるのかもしれない)

 魔術師が精霊魔法を使い、精霊へ魔力を提供する。しかし魔術師の数が多く、精霊が回収しきれない魔力が零れ、集まり、魔物になる。

 それが一般的で、あえて魔力を注ごうとは思わない。しかし、もし、普通の蜂に魔力を注ぐことでムールビーになってしまうとしたら、街中に魔物を出現させることになってしまう。

 考えこんで昼食を取る手が止まっていたフリッカが顔を上げると、ノエルと目が合った。

「犯人に思い当たる節はあるかな」

「犯人は、まだちょっとわからないですが、一つ、危険な可能性があります。今後の対策になるかどうかわかりませんが、実験をしてみてもいいでしょうか」

「実験? それはサージュ嬢に危険が及ばないかい?」

「恐らく、問題ないと思います」

「それなら了解した。必要なものを用意するよ」

 ノエルに、ムールビー発生の可能性を伝える。そして万が一のために生け捕りにした蜂は密閉できる容器に入れて欲しいと頼んだ。



 翌日。平原へ出たノエルは、蜂を生け捕りにしてきてくれた。そして万が一のときのために、屋敷の地下へ行く。そこは魔法好きの先々代が特別に作らせた石室で、どんな魔法を打っても決して壊れないらしい。有事の際の避難場所としても利用するようだ。

「えーと、では、やりますね」

 ノエルに伝えた実験は、今後の参考になるかもしれないと、警邏隊も三人来ている。ヒューイと、魔術師二名だ。その二名からの視線が、何かを期待しているようにきらきらとしている。

(うーん……やりづらい)

 どんな状況であれ、自分が言い出したことだ。実験して失敗すれば、一つ脅威が去る。

 フリッカは、事前に聞いていたムールビーと同じ属性の土と風の魔力を練り上げた。そしてそれを、透明な容器に入れられている蜂に注ぐ。

 容器の中でくたっとしていた蜂は元気を取り戻し、中で暴れる。しかしフリッカが魔力を注ぎ続けると、羽を動かしたまま空中で動きを止めた。黄と黒の縞々の胴体が、ゆっくりと大きくなっていく。そして黄色い部分が赤く変化した。残念ながら、実験は成功だ。

「サージュ嬢! ムールビーは水をぶつけてから焼くか切るかすれば倒せる!」

「ありがとうございます。水針! 火泡!」

 両手大のムールビーが容器を破壊すると同時に、魔法を放つ。じゅわっと焼ける音がし、そのまま消滅した。実験に使った蜂もいない。

(成功、しちゃったか……)

 実験の成功は、フリッカにとって最悪な結果だった。

 一度目のことを反省し、リレイオと極力一緒にいないようにした。だからルヴィンナとは恋愛相談を受ける関係になっている。しかし、一度目二度目と過ごした生活の中で、三度目の今は不自然なほどリレイオが姿を現さない。もしかしたらフリッカが知らないところで、リレイオがフリッカに執着している可能性がある。

 一度目のとき、フリッカが恨まれるほどリレイオを求めたルヴィンナ。もし今もリレイオがフリッカに執着しているとしたら、ムールビーを仕掛ける動機がある。

 何より、フリッカが借りた部屋はルヴィンナが薦めてくれた部屋だ。ムールビーの属性は、ルヴィンナと同じ。疑いたくなくても、可能性を考えてしまう。

(四属性の力を込めないとムールビーを作り出せないなら、ルヴィンナは白だったんだけど)

 従姉妹の疑いを晴らすためにやった実験で、より疑いを深めてしまった。落ちこむフリッカの元に、警邏隊の魔術師二名が駆け寄ってくる。

「さすが、虹色の純白魔術師です!」

「いいえ、違うわオロフ。世界の至宝魔術師よ!」

「そういえば、創世の魔術師という呼び名もありましたね」

 興奮した様子で誰かを称えている二人の魔術師は、緑の髪と黒い髪だ。風属性と土属性なのだろう。

 誰のことを称えているのかと思っていたら、さらに称賛が白熱する。

 俗世に迷い込んだ大精霊の子孫、全世界の叡智を結集させても二度と存在し得ない奇跡、全人類が崇拝すべき至高の手本等々。聞いていて恥ずかしくなるような言葉を並べている。

 まさか自分のことを称えられていると思っていないフリッカは、二人の魔術師の言い争いを微笑ましく思っていた。いつになったら終わるのかと思っていると、ノエルと一緒にヒューイが近づいてきた。

「よっ、虹色の魔術師」

「……え、今二人が白熱している相手って、架空の人物じゃないんですか」

「俺の所へ手紙を送っただろう? その時からソパー姉弟がサージュに会わせろってうるさくてな」

「な、なるほど……」

 フリッカ称賛戦は、なぜか魔法を出し合うという戦いに変わっていた。フリッカは慌てて二人の間に入り、二人の利き手に自分の手を重ねて魔法を無効化する。

「はゎぁっ」「ぬっぅ」

 姉弟が悲鳴を上げた。ちなみに、可愛らしく赤面しながら声を出した方が弟だ。

「そこまで。ヒューイさんたちと話をするので待機していて下さい」

「「はい!!」」

 姉弟仲良く同意してくれたことに安心し、フリッカはヒューイとノエルのところへ行く。

「実験は成功してしまいました。ムールビーは平原や森だけかもしれませんが、普通の蜂は街中でも巣を作りませんか? もしそうなら、かなりの手間になってしまいますが、街中を捜索して巣を破壊し、蜂を除去しないといけません」

「警邏隊だけでなく、他にも要請を出さないといけないな」

「サージュ嬢。魔力を注ぐという行為は、誰でもできるものなのかな」

「やろうと思えば。ただ、自分の魔力を注いだとしても魔物を自在に操ることはできないはずです」

「四属性を扱えるサージュ嬢が言うなら、そうなんだろうね」

 少なくとも、一度目の死に際に生み出してしまったデューダンデを、フリッカは操れなかった。しかし、従わざるを得ないほどの力があったら、もしかしたら操れるかもしれない。

 魔物討伐隊と警邏隊、さらには国も動かす案件になった。ノエルとヒューイは、報告のために動く。そんな中、魔術師二名はフリッカの指示通り待機していた。


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