第五話 犯人の行方とフリッカの噂

5.1


「アルマ、オルヴァー、マリン。彼女は僕の大切な客人だ。きちんともてなすように」

 フリッカを屋敷まで連れて行くと、ノエルはすぐにヒューイの元へ行く。思わずノエルの姿を追ってしまうと、背後から感じる視線。振り返ると、三人とも同じようにフリッカを優しく見守るような目をしていた。

「ノエル様が連れてこられた、大切なお客様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか」

「あ、はい。フリッカ・サージュといいます」

「サージュ様ですね。我ら三人、ルーデルス家総出でおもてなしをさせていただきます。私は執事長のオルヴァー、こちらは侍女長のアルマ、そしてサージュ様付き侍女のマリンでございます」

「ご、ご丁寧にありがとうございます。あの、わたしは別にただの魔術師ですし、わたしがご迷惑をおかけしてしまう立場です。もっと楽に接していただいた方が……」

「いいえ、なりません。五年前の出来事以降、ノエル様が大切に扱うようにと指示を出したのは初めてでございます。あの坊ちゃまが、ついにお相手を見つけたと思うと、嬉しくて……」

 アルマが手巾で目元を拭う。そんな姿を見たオルヴァーも、上を向いている。フリッカよりも少し年上くらいに見えるマリンの両親なのだ。もしかしたらノエルが小さいころから仕えてきたのかもしれない。

「サージュ様。お荷物はこれだけでしょうか」

「あ、はい。部屋が誰かに荒らされてしまったので、持ち出しの許可が出たのはこの鞄だけです」

「あぁ、なんてこと!」「女性の家を荒らすなんて、不届きな!」

 アルマとオルヴァーは、今日初めて会った。鳩合便の仕事で来るときは、ノエルが先導していたから、話すこともなかった。しかし、まるで親戚の子供のように心配してくれている。そんな二人の心遣いが嬉しかった。

「サージュ様。お部屋に案内しますね。もしご希望があればすぐに用意しますが、湯殿はご利用されますか」

「ゆどの……?」

「お風呂ですね」

「お風呂!」

 マリンの提案に、フリッカは感激の声を上げた。というのも、風呂は贅沢なものだからだ。

 湯を作るには火と水の精霊魔法を使わないといけない。体が浸かるほどの湯を適温で保ち続けるには、さらに繊細な温度管理が要求される。フリッカは大量の湯を用意することは簡単にできるが、性格なのか、いつも温度が熱すぎて火傷してしまう。

 魔術師総出で役割分担をこなし、ようやく入れる。それが風呂であり、エイクエア諸島の年末の行事だった。普段は湯を用意することはできても、肩までは入れない。

「それでは、ご用意いたしますね。少々お時間をいただきますので、サージュ様が休まれる部屋まで案内いたします。こちらへ」

 マリンが歩き始める。まだフリッカの境遇について熱く語り合っているアルマとオルヴァーに会釈をして、マリンを追う。

 通されたのは、二階の部屋。鳩合便の仕事で来たときに通された部屋からも近い。

「こちらでお待ち下さい」

「あのっ、お風呂を沸かすというのは大変なことだと思います! わたしにできることがあれば手伝います!」

「ありがとうございます。ですが、サージュ様はノエル様の大切なお客様です。そんなお方に労働させるわけにはいきません」

 こちらへどうぞと薦められた、見るからに座り心地の良さそうな長椅子に座った。適度な弾力がありつつ、体全体を支えてくれそうな柔らかさがある。

「それでは、湯殿の準備をして参ります」

 フリッカに礼をすると、マリンは部屋から出て行った。一人になったフリッカは、部屋の居心地が良すぎて落ち着かない。立ったり座ったりを繰り返し、部屋の中をうろちょろと動き回る。

「うぅ……こんな広い部屋、落ち着かない……」

 フリッカが借りている部屋の四倍か五倍はありそうな部屋だ。エイクエア諸島でもこんな大きな部屋なんて族長でもあり得ない。せいぜい二倍くらいだ。

 窓際には大きな緞帳があり、その先には広いバルコニー。部屋全体に絨毯が敷かれており、調度品も白を基調とした可愛らしい物ばかりだ。

 部屋の中をぐるぐると回っていたら、入口とは違う扉の奥からマリンの声が聞こえた気がした。待っているだけでは落ち着かなかったため、扉を開ける。するとそこは竹籠がいくつか置かれた棚があるだけの小さな部屋だった。その先にはまた扉があり、そこからマリンの声がする。中の様子を窺うようにゆっくりと扉を開けた。

 マリンの指示に従い、何人もの従僕が部屋の奥から浴槽へ湯を運んでいる。部屋の奥には滑車があり、下から湯を汲み上げているようだ。浴槽に湯がどんどん溜まっていく。

 やはり風呂に入るということは相当贅沢なことなのだとわかる。湯が溜まっていく様子を見ていると、マリンに気づかれてしまった。

「サージュ様。あと少しで湯張りが終わります。もう少々お待ち下さい」

「あ、はい」

 流れ作業の中に人が入ると逆に邪魔してしまうと思い、手前の小部屋で待機することにした。


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