4.6


 階段を一段一段上りながら、赤くなっている顔の熱を冷まそうと手で仰ぐ。踊り場に出る度に下を見てしまい、何度もノエルと目が合う。最後の踊り場でもまだノエルが見えたから、会釈をして部屋に入った。

「ふぁー……毎日幸せすぎる……」

 両頬を押さえながら歩いていると、扉を閉める前にカツンと何かに当たる。物が散らかるほど置いていないのにと思ってよく見てみると、五連型額縁が壊されていた。その中に入れていた五枚組の姿絵も、びりびりに破られている。それらをかき集め、なぜか無傷の机の上に置く。

「なんで……」

 ノエルの姿絵がびりびりにされ、部屋も荒らされていた。誰かが留守中に入ったと思うと怖くて震える。他に被害はないかと部屋の中を見て回ろうとすると、ぶぶっと何かの音が聞こえた。

「ひっ……」

 音の方を見れば、黒と赤の縞々の胴体をした両手大の蜂がいた。ぶぶっと羽音を響かせて、寝袋の上で浮いている。

(蜂!? なんで……えっと、対処法ってなんだっけ!?)

 急に現れたように思える巨大な蜂から目をそらせない。そのまま後退して扉から外へ出ようとしたが、五連型額縁の欠片に足を取られた。

「いたっ……」

 ぶぶっと不気味な羽音が近づく。どこを見ているのかわからない蜂の目が、フリッカを捉えているような気がした。腰が抜けて動けないフリッカは、どうすることもできなくて目をぎゅっと閉じる。

 すると、階段を駆け上がる音がした。バシャンという水音がすると同時に、何かに強く抱き寄せられる。目を開けると、ノエルがいた。

「サージュ嬢。ナイフはある!?」

「あ、はい」

 ノエルに言われるまま、机の引き出しに入れておいた小型ナイフを渡す。するとフリッカから受け取るや否や、巨大な蜂に向けて投げる。水をかけられて羽が濡れていた巨大な蜂は、そのまま消滅した。

 ノエルはフリッカに断りを入れてから、部屋中を見て回る。小さな窓の外も確認して、フリッカの元へ戻ってきた。

「サージュ嬢。怪我はないかい」

「は、はい……ありがとうございます」

「あれは、魔物のムールビーだ。こんな人が住むような場所じゃなくて、森とか平原とかにいるものなのにどうして……」

 考えこむノエルの後ろに、五連型額縁と一緒に買った机がある。その上には、かき集めた姿絵の残骸。それをノエルに見られるわけにはいかなかったため、急いで引き出しに仕舞う。そして部屋を乾かすために魔術師を呼ぼうと言って部屋を出ようとしたノエルを止める。

 右手に風の力を練り上げて、濡れた箇所へ向けた。

「乾け!」

 詠唱と共に風が発生し、ムールビー討伐のために濡れた床が一瞬で乾いた。

「何度も見せてもらっているのに、サージュ嬢が魔術師だということをうっかり忘れてしまう」

「魔術師じゃない、普通の女性みたいに扱ってくれて嬉しいです。助けてくれてありがとうございました。わたし、魔術師なのに何もできなかった」

「あの大きさと見た目だからね。女性は特に、虫型の魔物は恐ろしいんじゃないかな」

「さすが、討伐隊隊長ですね。ノエルさんが的確に処置してくれたから、家具が壊されるくらいで済みました」

「そのことだけど、サージュ嬢。ムールビーはあんな見た目でも、羽で攻撃をしないんだ。だから、こんな風に木製の物を壊せない」

「えっ……」

 最初に感じた通り、誰かがフリッカの部屋に侵入していたのだ。フリッカは自分を抱きしめるように腕を擦る。

「警邏隊に入ってもらおう。大丈夫。警邏隊には犯人の痕跡を追う魔術師もいるから。すぐに捕まる。安全が確保されるまで、どうか僕の家にいてくれないだろうか。もちろん、サージュ嬢の生活に支障が出ないように食事や衣服も用意するよ」

「え、でも、それじゃぁノエルさんにご迷惑がかかってしまいます」

「迷惑なんかじゃない。サージュ嬢が心配なんだ」

 フリッカを抱きしめるノエルの手が震えている。そして思い出す。ノエルの婚約者が魔物に襲われて亡くなっていたことを。

(……責任感が強い人なんだな)

 震えるノエルの手に自分の手を重ね、フリッカは伝える。

「それでは、少しの間、よろしくお願いします」

「頼まれた! そうと決まれば、すぐに移動しよう」

 現場検証をするからと、デューヴァポストの仕事時に持っていた鞄以外は持ち運び禁止と言われた。

 そのままノエルと一緒に外へ出て、ノエルの家へ向かう。そして侍女にフリッカを任せると、ノエルはヒューイの元へ向かった。


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