第四話 初仕事のち、初めての魔物
4.1
精霊魔法を使い、フリッカの時を遡らせている。その最重要人物は、リレイオだ。しかしリレイオはルヴィンナと一緒に、島で生活することを選んでいる。フリッカはディーアギス大国で生活するという慣習の最中だ。五年近く、緊急時以外は島へ戻ってはいけないという決まりになっている。最重要人物はわかっているのだが、捜しに行くことができない。
歯がゆい毎日を過ごしていると、大衆食堂の女将から仕事の依頼が入った。正確に言えば、ノエルからの依頼という言伝を預かったという状態。
ノエルが昼食を食べに来たときに、女将が宣伝をしていてくれたらしい。
「さっすが、隊長さんだよ。あたしら自慢のシェパードパイを、そのときに来店していた客全員にご馳走していってくれたよ」
「すごい! 太っ腹!」
ノエルのことを褒めたのだが、女将が自分の腹をポンと叩く。だからフリッカは、慌てて訂正する。
「お、女将さんのお腹がってことじゃなくて……」
「わかってるよ」
フリッカもシェパードパイを食べに来た。そのときにノエルから依頼があったことを知ったのだが、ノエルが来たのは三日程前のようだ。
女将が、フリッカだけに聞こえるように顔を寄せてきた。
「……ずいぶんと隊長さんがフリッカを気にしているみたいだけど、どうなんだい?」
「ど、どうもこうも、何もないですよ」
「そうかい? フリッカと隊長さんが仲よさそうに歩いているところを目撃したよ?」
「そ、それは、わたしが追加料金を節約しようとして運んでた、運びづらい机を持ってくれただけで」
「ふぅーん。そういうことにしておこうかね」
シェパードパイが焼き上がったと厨房から威勢の良い声が聞こえ、女将が取りにいった。
机に置かれたパイを食べながら、自分の行動を恥じる。
(……ノエルさん、街のみんなに慕われているから、目立っちゃうんだろうなぁ。ノエルさんはまだ婚約者さんのことが忘れられていないみたいだけど、独身のノエルさんを狙う人も多そう。ノエルさんの未来を邪魔しないよう、気をつけないと)
ノエルに対する気持ちが仮に恋だとしても、フリッカはその恋を叶えるつもりはなかった。優しく強いノエルと話せただけで、満足している。
ノエルは恩人だ。だから、それ以上のことは望まない。
シェパードパイを食べ終えると、フリッカは一度五階の自分の部屋へ戻った。そして鳩合便の料金表を持って、大衆食堂の女将から場所を聞いた魔物討伐隊の庁舎へ向かう。
集合住宅街と屋敷の境にある道を進むと、訓練場として使われている広場の奧に庁舎がある。見た目は貴族の屋敷にも見えるその建物は三階建てで、左右対象の作りになっていた。
ポーチへ向けて歩いていく。
「誰だ、あの可愛い子」「誰かのお使いか?」「ちんまいなあ」「あの髪色なら、魔術師?」「えっ!? もしかして十六歳以上ってことか?」
言いたい放題の兵士たちは、気にしないように歩いているフリッカの後を追うようについてくる。まるで自分が見世物にでもなったかのような気持ちになるが、ここにいるのはノエルの部下。そう考えて、何も言わなかった。
ポーチを抜け、開け放たれていた玄関から入る。玄関ホールは広々としていて、開放感がある。あまりに広く戸惑っていると、背後で「俺が行く」「いいや俺だ」と言い争いをしていた。
(……誰か一人に聞いちゃう方がいいかな)
俺だ俺だと言っている中のどの兵士に聞こうかと悩んでいると、エドラがやってきた。
「フリッカ! どうしたの?」
「今日も仕事なんだね」
「そう。といっても、フリッカみたいに魔力が多くないから、体を休めている時間だけどね」
「そうなんだ。その、休んでいるときに申し訳ないんだけど、ノエ……隊長さんっているかな」
「いるよー。案内するね」
フリッカがノエルの名を一瞬呼んでしまったとき、周囲がざわついた。慌てて言い直し、エドラに案内されるまま移動する。
玄関ホールから続く階段を上っているとき、エドラから注意された。
「……隊長のこと、ここでは名前で呼ばない方がいいかも。フリッカ小さいから、隊長との関係を聞かれてもみくちゃにされちゃう」
「そ、そうだね……。気をつける」
玄関ホールから先は絨毯が敷かれている。何か言いつけがあるのか、兵士たちはフリッカを追ってこなかった。
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