3.9

 部屋まで机を運んでくれたノエルに礼を言い、扉を閉めてから五枚組の姿絵を鞄から取り出す。即決した姿絵だ。合法のものだから、堂々と飾る。五連組額縁の中にいるノエルは、はにかむ笑顔、執務姿、帯剣姿、普段着姿、愛馬とじゃれる姿と、どれも幸せそうに見えた。

「ノエルさん……」

 帯剣姿を見たとき、一度目の死に際を思い出した。魔物を生み出し、その魔物を討伐しに来たノエルたち。魔物に消されたと言っていたその女性は、処刑される前、ノエルと一緒にいた一人の女性かもしれない。ノエルと一緒に、フリッカへ投げられた石を剣で弾いてくれていた人ではないだろうか。

 一度目のときはただの隊長と部下だと思っていたが、あの髪を一つに纏めていた女性がノエルの婚約者である可能性が高い。

「……あれ、確か、あのときわたしは十七歳。あのときに生きていたなら、今も生きているはず……あぁ、五年前に新種の魔物と出くわしたんだっけ……」

 フリッカは、原因不明の遡りで三度目の人生を歩んでいる。一度目からかなり生活が変わったと思う。だからフェンゲルドムに収監されなかったし、普通の魔術師として生活できている。しかし、そうして生き方を変えたせいで何かが狂い、ノエルの婚約者が命を落としてしまったのかもしれない。

「嘘、でしょ……」

 五年経った今でも忘れられないくらい、ノエルにとって大切な人だったのだ。もし本当にフリッカが原因だとしたら、合わせる顔がない。

「いや、待って。本当に……? そもそも、わたしはどうして時を遡って人生をやり直しているの」

 もし、仮に誰かの力で時を遡ったとしたら、それは四属性を扱える魔術師の可能性が高い。四属性使えれば、魔術師が望む通りに精霊魔法を使える。だからフリッカは、一度目の人生のとき野鳥を生き返らせようとした。

「……もしかして、リレイオ? いや、まさか、そんなはずは……」

 フリッカが知る限り、四属性全てを扱えるのはフリッカのみ。族長ですら、三属性扱える人が珍しいのだ。リレイオはシィルルエ族の長子とはいえ、二属性しか扱えない。だから、髪も瞳も暗紅色なのである。

「あ、でも待って。確か二度目のときは一瞬だけ青い房が見えていたような気がする。三度目は、青緑……霧がかっていてぼやけていたけど」

 フリッカのように、白金に四色の房が入っていれば完全にそうだと言い切れる。しかしリレイオの髪は暗紅色で、青緑の房があったかどうかもはっきりしていない。

「一度目……一度目はどうだったけ? あぁー!! 無視なんてしないで、ちゃんと見ていれば良かった」

 頭をがしがしと掻きむしり、ノエルの絵姿を見て三つ編みをとき、また編み直す。

 振り返ってみれば、リレイオのフリッカへの執着は恐怖を感じる。二度目の人生のとき、わざわざ宿屋を一軒一軒巡り、フリッカがいる四番街までやって来た。それに、そもそも一度目の人生のときにリレイオがルヴィンナよりもフリッカといることが多かったから、最終的に火刑となったのだ。

 あのころはフリッカも人の気持ちをわかっていなくて、リレイオと一緒にいた。しかしリレイオはフリッカよりも六歳も年上なのだ。リレイオが配慮してくれれば、フリッカは死ななかったかもしれない。

「……人のせいにするのは良くないな。一度目の死は、わたしが自分の力に驕ったせいだ」

 方法はわからない。しかしもしリレイオが何かの目的のためにフリッカに執着し、フリッカが死ぬ度に精霊魔法で時を遡っていたとしたら。

「あっ! そういえば、二度目のとき、牢屋を出るときに魔力封じの腕輪を落としてなかった? あのときは偶然かなって思ったけど、リレイオも一緒に時を遡っているとしたら……」

 フリッカの初めての片思いは終わってしまった。ノエルの婚約者を思う気持ちには敵わない。

 だからせめて、婚約者を死なせてしまった原因を探ろうと考えた。


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