3.5


 初めて恋を知って七日が経過した。その間で生活に何か変化が起きたかというと、特に何もない。

 ただノエルは三番街で知らない人はいないようで、誰に聞いても好意的な話を聞けた。貴族なのに偉ぶらない、重い荷物を持ってくれる、道案内してくれる等々。互いに自己紹介をした仲ではない。フリッカが勝手にノエルの噂を聞き、笑みを零している。

 配達業をするために建物の配置などを覚えているとき、門出の日に別れたエドラと会った。五階へ案内するのは大変かと思い、大衆食堂で昼食を食べながら話を聞く。二人分の食事が来ると、エドラは突然頭を下げてきた。

「どうしたの」

「ごめん。前にさ、フォレット隊長のことを悪く言っちゃったでしょ? それを、改めて謝ろうと思って」

「それは別に、あのとき船で謝ってくれたし気にしてないけど……隊長って、どういうこと?」

「あ、心配しないで。フリッカが隊長に恋しているって知っていたから、恋愛的な目では見てないよ」

「そ、それはありがとう。じゃなくて」

「今私ね、魔物討伐隊で回復薬を作っているんだ」

「魔物討伐隊で、回復薬……エドラ、土と風の属性だもんね」

「うん。それでね、討伐隊で働いているから、隊長の人となりもわかったの。それで、改めて謝罪を」

「わ、わかったから、もう頭を上げて。エドラとはずっと仲良くしていたいもの」

 机に顔がつきそうなほど深く謝罪してくれたエドラのすぐ横まで椅子を移動し、座り直す。

「ね、ノエルさんって普段どんな感じ? 食べながらでいいから教えて」

「ノエルさんって、呼んでるのぉ?」

 エドラがにやにやと笑っている。

「……からかわないでよ。ディーアギス大国に来てから一度だけ会えたけど、それだけなんだから。接点がないから、ノエルさんのこと少しでも知りたいの」

「うーっ! かわいいな、もう!」

 エドラからぎゅーっと抱きしめられる。柔らかい胸が当たって少し苦しい。

 それから、昼食を食べつつエドラからノエルの話を聞いた。

「私は討伐隊の庁舎で回復薬を作っているんだけど、隊長は進捗を聞きに来てくれるときにお菓子を持ってきてくれるよ」

「いいなぁ……ノエルさんから、どんなお菓子もらったの?」

「焼き菓子とか、チョコレートとか」

「チョコレート……それってもしかして、あの高級な?」

「そう。しかもさ、回復薬を作っている魔術師って結構な人数がいるんだけど、その人数が一人二粒は食べられそうなぐらい大量に」

「わぁ……すごい。ノエルさんって貴族だと思っていたけど、そんなに太っ腹なんだ」

 収入が安定したら、自分へのご褒美で買ってみてもいいかもしれない。そんな風に思ったフリッカは、ふと思った疑問をぶつける。

「……その、さ、ノエルさんって、奥さんいる感じ?」

「いないと思う。働いてまだ間もないからかもだけど、そんな感じの人見たことないんだよね」

「そっかぁ……良かった」

「でもね、たぶんいないと思うんだけど、過去にはいたかもしれない」

「そりゃぁ、ノエルさんだもん。いるでしょ」

「いや、そうじゃなくて……なんていうかな。その話題に触れちゃいけない空気っていうか……」

 エドラ曰く、ノエルや隊員らが話しているのをうっかり聞いてしまったそう。回復薬を届けるために訪れた部屋で、深刻そうな雰囲気で話をしていたらしい。

「ノエルさんが貴族で、今も奥さんがいないなら深刻にもなるんじゃない?」

「いや、そういう感じじゃなくて……うー、ごめん。上手く言葉で表せない」

 頭を抱えてまで言葉を捻り出そうとしてくれるエドラに礼をし、昼食を終えた後見送った。

 一人になったからだろうか。一瞬、ほんの一瞬だけ。フリッカが時を遡って今までとは違う行動をしているせいで、ノエルに相手がいなくなってしまったのでは、と思った。

 しかし、その不安も長くは続かない。あのノエルに、相手がいなかったのだ。気持ちを自覚したばかりのフリッカは、希望に満ち溢れていた。




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