3.6

(そっかぁ。ノエルさん、奥さんいないんだぁ……)

 エドラから聞いた話で喜んでいたが、それはエドラが働いているから聞けた話だ。フリッカもそろそろ、働き始めないといけない。

 七日間で三番街を把握した。どこに届けてほしいのか、建物の特徴を聞けばわかるようになっている。手元には、大量に用意した簡易魔法紙。準備はできている。

「よし。女将さんに、仕事を始めることを伝えよう」

 フリッカが行うのは、配達業。生き物を使役することは憚られたから、精霊魔法で一回きりの鳩を産みだし、その鳩で配達をしていくという仕組み。街を散策しているときに、何回か伝書鳩を見かけた。そこから思いついた。

「名付けて、鳩合便デューヴァポスト!」

 伝書鳩を使っているのなら、問題なく事業を進められるだろう。そんな甘い考えだった。


 一階の大衆食堂で鳩合便を始めたことを宣伝してもらったが、そもそも食堂の女将が伝書鳩のことを知らなかった。そして、大衆食堂へ訪れる客の面々も。

「え、でも、何回か伝書鳩を見ましたよ?」

「あー、それは警邏隊か貴族様かね。そもそもあたしら庶民は、手紙やら荷物やらのやり取りなんてしないからねぇ」

「えっ!? そうなんですか!?」

「そらそうだよ。手紙を届けなきゃいけないような距離に知り合いなんていないし、荷物だって頼むよりも自分で持ってって、ついでに世間話もするからね」

「な、なるほど……」

「フリッカがどうしてもその仕事をやりたいってんなら、この辺じゃダメかもね。三番街も一応貴族様はいるけど、二番街か一番街に行かないと客はつかないかもしれないよ」

「そんなぁ……」

 エイクエア諸島では、どこそこの一族の次女やら次男やらが、どこそこの一族に嫁入りだ婿入りだと。何だかんだいって島全体で親戚のような関係性になっている。飛べば一瞬で行けるような距離に島が連なっていた。

 つくづく、狭い世界の中で生きていたのだと思う。しかし、フリッカでも気づくのだ。慣習としてディーアギス大国へ行くのは、他の世界を知れということなのかもしれない。

「……もう少し、続けてみます。まだ始めたばかりなので」

「そうかい? 店に来たお客には宣伝しておくよ」

「ありがとうございます」

 大衆食堂を出て、一度五階の自分の部屋へ戻る。寝袋ぐらいしか置いていないが、ここは初めての自分の部屋。ここを守りたい。

「うーん……街の人は使わないのかぁ……」

 貴族相手だと気を使わないといけなくて大変そうだ。しかし、そんなことは言っていられない。

「エイクエア諸島から魔術師が来るってことは慣習になっているんだもの。街の人がわたしの髪を見てすぐ魔術師だってわかってくれたわけだし、逆にこれは好機よ! 顧客を貴族様にすれば、定期的に仕事が入る……はず」

 顧客を貴族にすればと思ったが、そもそも貴族はお抱えの配達事業者がいるかもしれない。ぽっと出の魔術師なんて相手にされない可能性がある。

「……あ、でも待って。貴族様が利用するということなら、もしかしてノエルさんと会えるかもしれない?」

 三番街の地図は頭の中に入っている。ノエルの家はどこだかわからない。しかし貴族が住んでいる辺りへ営業をかければ、その中にノエルの家があるかもしれない。

「そう。これは仕事のため。決して、付きまとい行為ではないんだから」

 方針が決まった。営業をするため、フリッカは鳩合便の料金表を作る。

 何十枚も作った手書きの料金表を作り終えるころ、すっかり周囲は暗くなってしまっていた。今日のところは寝て、明日から始めようと決めて寝袋に入った。


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