3.4
街を歩き始める。フリッカが拠点とする場所は、すぐ目の前に広場があるところだ。何本か木が生えており、石の長椅子が所々に置かれている。住民の憩いの場なのかもしれない。
フリッカが拠点とするような五階建ての建物はそれほど多くなく、建物の幅も一部屋以上ありそうなものばかり。四角い広場を囲むように建つのは、一階が店舗の四階建てや三階建ての建物。石造りの建物が多く、何棟も並んでいる。路地を覗くと、建物と建物の間に洗濯物が干されているところもあった。
(……怖いけど、もしかしたらここも配達するかもしれないし。頭の中に、地図を作っておかないと)
一度目のとき、フリッカは男らに襲われた。それがきっかけで、暴れてしまった経緯がある。しかし今は、そんな過去がなかったことになっている人生。このまま避けてばかりではいけないと思い、足を踏み入れようとした。
「お嬢さん」
何度も深呼吸をし、いざ行かんと踏み出そうとしたとき、背後から声をかけられた。その凛とした声が聞き覚えのある声で、フリッカはぐるっと勢いよく振り返った。
「わっ。どうしたんだい?」
「わ、わ、わ、わ……」
太陽に照らされる金髪を首を傾げながら触り、不思議そうにフリッカを見る碧眼の人物。それはまさしく、フリッカが会いたいと思っていたノエルだった。まさかこんなに早く出会えるとは思わず、言葉にならない言葉しか出てこない。
(ノエルさんだ……)
今は職務中なのだろうか。防具を装着しているノエルの後ろに、同じ格好をしている人が何人かいた。路地裏に入ろうとしていたフリッカを心配して声をかけてくれたのだろう。
「女性一人で路地裏を行くのは危ないよ。誰かいないのかな」
「えと、あの……」
「隊ちょー。報告書を作らないといけないんですよー」「隊ちょーの顔が怖いんじゃないんですかー」
フリッカが余りにも話さないせいで、ノエルの評価が悪くなってしまう。軽口を言い合える仲なのだろうと思うと、そんな様子を見られて嬉しくなる。
そしてノエルもまた、部下の言葉を聞いて自信なさげに眉を下げるのだ。
「あの! 初めて会う、ので、参考にならないかもしれませんが、その、隊長さんの顔は、全然怖くないです!」
「ははは。初めて会う女性に気を遣わせてしまったね。路地裏は女性一人だと危ないから、誰かと一緒に行った方がいい」
「は、はい」
忠告だけすると、ノエルは部下たちと離れていった。本当に見ず知らずのフリッカを心配して、声をかけにきてくれたようだ。
(びっっっくりした……)
思いがけずノエルと話せて、フリッカは脱力するように座り込んでしまった。
エドラはノエルを野蛮な人だと言っていたが、そんな風には見えなかった。寧ろ、一度目のときのように優しかった。
(顔、あっつい……)
ノエルと会いたいと思っていて、それが叶い、話せた。フリッカは顔が火照るのを感じ、思わず両手で頬を押さえる。
一度目の死に際、憎悪に歪んだ顔を見られたくないと思った。
二度目のとき、ノエルのように平等であろうとした。
それはなぜだろう、と考えたとき、船で友人と話していたことを思い出してしまった。
――フリッカの恋を応援したい――
「え、この気持ちって、恋、なの……?」
人生初の気持ちだ。声に出して見ると、ぽっぽっぽと、体が熱くなる。
立ち上がり、ノエルが去って行った方を見た。先程までと同じ状況のはずなのに、色が鮮やかに見える。
屋根の後ろに見える空は、秋なのに夏のように鮮やかな青で。
行き交う人々の足音ですら、鮮明に聞こえていて。
全く気にしていなかった街路樹から、ほのかに甘い香りがしていた。
すぅーーっと、深く香りを吸い込む。そして、ゆっくりと息を吐く。
(あぁ……この香り、わたし、好きだな)
一瞬、優しい甘さがまるでノエルのようだと思った。思ってしまってから、一人で顔を赤くする。しかしフリッカは、自分の心を受け入れることにした。
(うん。わたしは、ノエルさんが好きだ)
フリッカは、三度目の人生で初めて恋を知った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます