2.5



 手近なところでできる交流といえば、宿屋の主人だ。そして一度は逃げ出してしまった、パン屋の女性店員。積極的に話しかけてきてくれるパン屋へ挑むのはまだ早いと判断して、宿屋の主人へ挑戦してみることにした。

 費用の面では戦えないかもしれないが、量を半分にしてもらうことはできるかもしれない。昼食の前に挑戦しようと思っていると、扉が叩かれた。

 扉を開けると、宿屋の主人が昼食を持って来てくれていた。お礼を言おうとすると、眉間に皺を寄せて言われる。

「申し訳ないが、犯罪者は泊められない。この食事を食べたら、すぐに出ていってくれ」

「えっ……」

「犯罪者を泊めたんだ。前払いされた料金は迷惑料としてそのまま徴収させてもらう」

「それは……」

 一方的に話してフリッカに昼食を渡すと、宿屋の主人は出ていった。渡された昼食は、少し硬くなったパン一つ。

「……現実は厳しいなぁ……」

 恐らく、リレイオとの話を聞いていたのだろう。特に声を潜めていなかったし、出くわしたことはないが隣人が伝えたのかもしれない。昼食をもらえるだけまだ有り難い話だ。

 フリッカは今後のことを考えて、一つしかない硬いパンの半分だけ食べることにした。精霊魔法で水を出し、口の中で少しでもパンの量を増やして誤魔化す。

 パンを布で包んで鞄に入れる。そして宿屋を出た。

 宿屋に前払いをしてしまっていたから、残金は三十リリイほど。これではパン屋でもパンを一つしか買えないだろう。三十リリイでは、新たに宿に泊まることもできない。

「……まだ、仕事だって何もできていないのに」

 四番街を歩きながら、フリッカは一度目の人生のようにまた街中の人に見られている錯覚に陥った。その瞬間一度目の最後を思い出し、心臓がバクバクと激しく動き出す。

 路地裏に入る前の道で心臓を落ち着かせる。

「大丈夫。大丈夫。わたしは、まだ大丈夫」

 一瞬。ほんの一瞬だけ、一度目の人生のように騒いだらノエルが来てくれるかもしれないと思った。しかし、頭を振ってすぐにその馬鹿な考えを消す。

(せっかく、ノエルさんが罪人を殺すという犯罪者ではない状態なんだ。同じ事を繰り返すのは良くない。それに、もしまた会えるなら、元収監者であってもそれ以上の罪を重ねていない状態で会いたい)

 悪人といえども死は平等だと言ってくれていた、凛々しいノエルの姿が目に焼きついている。そんなノエルに、恥じない生活をしたい。

 フリッカは深呼吸をし、落ち着いてから次の拠点を捜し始めた。

 四番街では生活できないだろうと早々に諦め、五番街を目指した。



 五番街についた瞬間、言葉を失う。まず家が少ない。ぽつぽつと点在している家々は、家主にしか正解の道がわからないのではないかと思えるほど家の前に罠が仕掛けられている。落とし穴、何かの棘、入口のわからない玄関等々。なぜこんなことをするのかと疑問に思っていたが、すぐに判明する。

 拠点を捜していたフリッカは、五番街が異質であると気づいた。道の至る所に、人が倒れているのだ。それは空腹だったり体調不良だったりと様々だったが、健康な人を見かけない。恐らく、家の中にいるのだろう。家の前の数々の罠は、自衛の手段なのかもしれない。

「み、みず……」

 歩いていると、急に足を掴まれた。がりがりに痩せて骨が浮き出ているその人物は、まだ子供に見える。だからフリッカは、十年前の自分を思い出し、精霊魔法で水を出してあげた。

 ゴクゴクと勢いよく水を飲んでいる姿は見るに堪えない。収監されていたフリッカでさえ、食事には困っていなかった。

「も、もっと……」

 求められるまま、水を出す。しかしたった一人に水を差し出し続けられるほど、五番街は安全な場所ではなかった。

「ひっ……」

 気がつけば、フリッカは多くの人々に囲まれていた。がりがりに痩せているのは共通だが、老若男女全てがフリッカを見ている。われもわれもと、水を求めてきた。

 一人一人に水を出そうと思ったが、近くにいた老人に渡そうと水を出した瞬間、その老人が横へ飛んだ。

「おれが先だ!」「お前は引っ込んでろ!」「お腹に子供がいるんです」「おみず、ちょうだい」「どうか、お恵みを」

 水を巡って次々と喧嘩が始まってしまった。その中心地でどうすることもできず、ただ立ち竦む。騒動の中から抜け出そうとしたが、誰かがフリッカの腕を掴んだ。

「水を寄越せ!」

 引き倒され、フリッカに人々が集まる。踏みつけられ、蹴られ、地面を転がった。

(死にたくない!)

 このままでは死んでしまう。そう思って逃げようとするが、何十人もの人に引っ張られてそれも叶わない。腕を引っ張られ、髪を踏まれ、なぜか口の中に指が入って頬を伸ばされる。むちゃくちゃにされている中、腹部が急に熱くなった。

「えっ……」

 水をくれないのなら消えろと思われたのか。フリッカの腹部に、棒が刺さっていた。血が流れ、そこから魔力が零れているような感覚になる。

 早く、治療しなければ。そう思うのに、四属性の力を両手に練り上げようと思うのに、できない。こんなときのための簡易魔法紙だと思うのに、懐に手を入れられなかった。

 エイクエア諸島を出てから、たったの四日で、フリッカ・サージュは二度目の人生を終えた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る