2.4
簡易魔法紙を作り出して上機嫌になったフリッカは、何の仕事をするか考えないままその日は眠ってしまった。
翌朝、何をするか決めていないことに気づいて飛び起きる。
「どうしよう……わたしが、できること……」
人より得意なことといえば、精霊魔法を遣うことだろう。十年間の魔術講義もあったし、四属性も使える。
しかし、魔物を生み出せる力を持つ自分が、その力を武器にして仕事をしてもいいものだろうか。
なぜ時間が戻ったのかはわからないが、野鳥が死んでしまう前までは戻れなかった。だから、過去の罪は消えない。
「うぅ……どうしよう……」
魔術講義は十年間。それ以外はずっと収監されていた。そんなフリッカに世間のことなどわかるわけもなく、考えるだけで頭痛がしてくる。
ぐっぅぐっぐぅぅ……。
空腹だという体の訴えを聞き、朝食にすることにした。といっても収監中の朝はパンと小さな果物一つぐらいだったため、量は食べられない。すぐに満たされるだろう。
フリッカは宿屋の主人に食事を頼む。食事付きなら一日百リリイ追加と言われ、外で食べることにした。
簡易魔法紙同士がくっつかないように懐へを入れて、四番街を歩く。大通りを挟むようにぎゅぎゅっと間隔無く並ぶ家々の一階が、何かしらの店が入っている。道具屋へ行ったとき、パン屋の位置を把握しておいたのだ。あのときは目的が筆記具と紙だったから、匂いに誘われないようにして走り抜けた。
(ふふっ。今日はパンが目的だからね。買うぞー)
今日は匂いに釣られていい。そう思うと、フリッカは上機嫌でパン屋に入る。瞬間、ふわっと香ばしい香りがした。空腹音が鳴り響きそうになるところを、腹部をかなり強めに押して抑える。
「いらっしゃい、お嬢ちゃん。お使いかい? 偉いねぇ」
店員の女性に話しかけられ、フリッカは驚いて思わず体をびくつかせた。シィルルエ族かルヴィンナにしか話しかけられていなかったから、好意的な声をかけられると驚いてしまう。自分から話しかけるのなら、まだ心構えができるのだが。
「うちの店のお勧めはね、焼き立てのって、お嬢ちゃん!?」
再び話しかけられ始めた瞬間、フリッカはパン屋を飛び出した。そのまま宿屋まで走り、食事を追加する形で料金を支払う。
部屋に運んでくれるというので、部屋で待つことにした。
扉の前で、へなへなと座り込む。
(まだ、心臓がバクバクしてる……)
両手に二属性ずつ精霊魔法を練り上げ、それを合わせてから体に当てる。超回復で、心臓を落ち着かせた。
「ふぅー……。これから生活していくなら、人との交流も慣れていかないと」
宿屋の主人が持ってきてくれた朝食を半分食べ、食器を返すときに量を半分にしてほしいと伝える。その際金額も半分にしてくれないかと願い出たが、却下されてしまった。一人一人に合わせて食事を用意しないと言われてしまったら、引き下がるしかない。
食事の礼を言って部屋に戻り、これからどうするべきかを考える。
「んー……とは言っても、わたしには何ができるんだろう」
フリッカは自他共に認める魔法馬鹿だ。精霊魔法であれば誰にも負けないし、魔力量だって人の何倍もあると自負している。しかしそれで何ができるかというと、社会的な経験が圧倒的に足りない。世の中では、何が必要とされているのか。
窓際に椅子を移動させて、外を眺めた。鳥が飛んでいたり、子供が遊んでいたり、平和そうな光景が広がっている。その中に、見慣れた顔があった。
暗紅色の髪を片方に流して三つ編みをするなんて、リレイオしかいない。一瞬だけ、リレイオの髪に青い色が見えたような気がした。
エイクエア諸島にしか生粋の魔術師はおらず、魔術師は皆髪や目に自分の属性が反映される。フリッカのように四属性なら全ての色を合わせた白金に四色の房が出る。火と土の属性を持つリレイオは、青い色が入るわけがない。
もしかしたら見間違いかもしれないと思って目をこらしていたら、見上げたリレイオと目が合った。
「フリッカ! 元気か」
「何で……というか、ちょっと待ってて」
フリッカは宿屋の主人に断りを入れ、リレイオを部屋に招いた。
「宿屋って感じだな」
「物を増やせるほど余裕はないから」
「資金が足りないなら」
ローブの懐から小袋を出したリレイオに、きっぱりと否を告げる。
「困る度にリレイオからお金をもらっていたら、独り立ちにならないじゃん」
「でも、困ってるんだろう?」
「それは、そうだけど……っていうか、どうしてここの宿屋がわかったの?」
「ああ、それは三番街から一件ずつ宿屋を回って来たから」
「なんで」
「なんでって、フリッカは全く世間を知らないんだ。そうなった原因のボクが責任を取らないと」
「確かにそうかもしれない。でも、族長同士が話し合って慣習通りに牢屋から出された。それなら、もうリレイオは関係ない。船に乗る前に時間がなくてお金をもらっちゃったけど、それ以上の助けは平等じゃない」
「平等、ね。別にそんな細かいこと気にしなくていいんじゃないか」
「ダメ。ただでさえお金をもらっちゃって平等じゃないんだから」
「族長が見回りに来るわけでもないんだから、楽したっていいんじゃないか」
「良くない。それが言いたいなら、もう出ていって。ルヴィンナのところに戻って」
リレイオの背中を押して宿屋の部屋から追い出す。すぐに立ち去る足音がしたから、フリッカの望み通り帰ったのだろう。
「ふぅ。さて、どうするか」
リレイオに指摘されて、フリッカはやはり自分が世間知らずということを自覚した。世間知らずならそれはそれで、色んな事を教わって世間を知っていけばいい。
そう思うのだが、如何せん人との交流に慣れていない。まずはそこから始めないといけないかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます